「博多湾は小説の重要な舞台」と語る筑前助広さん＝福岡市の生の松原海岸

　時代小説の新鋭、筑前助広さん（42）＝福岡市在住＝が最新作「独狼（どくろ）　念真流無間控」を出した。秘剣を操る剣士の、血の匂いに満ちた道行きを軽快な筆致で描き切った。著者が「痛さを感じる命のやりとりが表現できた」と語る書き下ろし長編は、郷土愛がにじむ斬撃エンターテインメントになっている。 【写真】筑前助広さん著「独狼　念真流無間控」の表紙 　「僕はどうしても故郷が書きたいんです」。開口一番、決然と言った。故郷は福岡市。西区姪の浜で生まれ育った。「時代小説といえば江戸、あるいは大阪か京都を舞台にしたものが大半。違った土地の作品があってもいいと思います」。郷土愛を小説という形で表現したいと願う。 　本書の主舞台は筑前・高祖（たかす）藩。架空の藩で、怡土（いと）郡と呼ばれた現在の糸島市付近に置いている。姪の浜のすぐ西側だ。 　その高祖藩で世継ぎを巡る権力争いが起きた。「念真流」の使い手で人斬りを生業とし「独狼」と呼ばれる平山雷蔵は、幕府要人から江戸へ向かう少女の護衛を依頼される。虚無的で、「何を今更人助けなど」が口癖の雷蔵だが、終生の恩人がからんだこの「仕事（ヤマ）」だけは断れなかった。高祖藩の命運を握る少女のために鞘を払い、血路を開く旅が始まった。 　「時代小説に江戸期の博多や福岡城下が登場することはあっても、福岡の西部が詳細に描かれたことはないはずです」。こだわりは本書の章題からも伝わる。「十坊」「高祖」「鹿家」「雷山」－。250年前の福岡西部で繰り広げられる血戦は「歴史もの」を読み慣れた人にも新鮮だろう。 　故郷を舞台にしたいとの思いを後押ししたのが、同郷の作家葉室麟氏だった。「（直木賞の受賞作）『蜩ノ記』を読んだ時、地元を舞台にしても素晴らしい作品が書けるんだと衝撃を受けました」。2022年のデビュー作「谷中の用心棒　萩尾大楽　阿芙蓉抜け荷始末」（アルファポリス文庫）は後半部の舞台が筑前国だ。架空の斯摩（しま）藩を室見川の西に置き（高祖藩の東隣）、唐津街道の姪浜宿を濃密に描き込んだ。残（能古）島での決闘、荒れた玄界灘での決死の航行と一連の葉室作品と同様、「地の利」を生かした小説づくりで読者を引きつけた。 　今年2月に出た「颯の太刀」（角川文庫）は関東の架空藩が主舞台だが、「藩名をはじめ、藩内の地名はすべて福岡・飯塚の地名を使っているんですよ」と笑う。「編集者から『江戸を中心に書いてほしい』と言われたので。せめてもの反骨精神です」 　ロードノベルの本書は舞台が福岡からどんどん遠ざかってしまうが、行く先々で立ち会う敵方がだんだん強くなり手に汗を握る。クライマックスは1対50の決戦、しかも最強の“ラスボス”2人も控える。念真流の秘奥、魔性の剣・落鳳で雷蔵は死地を脱することができるのか－。 　「しばらくチャンバラは書かなくていいや、ってくらい斬りまくりました」 　柴田錬三郎の眠狂四郎、笹沢左保の木枯し紋次郎、藤沢周平の隠し剣シリーズ…。これまで読んできた時代小説は自らの血となり肉となった。「時代小説家になりたくて小説家になった」と言う通り、その衣鉢を継ぐ覚悟はできている。だけど独自性も忘れない。 　スマートフォンを起動させ、福岡の“地図”を見せてくれた。高祖藩、斯摩藩のほか脇山藩、立花山藩、津屋崎藩など見慣れない藩名が並ぶ。博多と福岡藩にあたる所は「幕府領」となっている。「すべての作品は、福岡藩主の黒田家がお家騒動で改易された世界線を描いています。歴代将軍や政変などは史実の通り。虚実ない交ぜの『筑前國サーガ』と名付けました」 　「黒田家改易の世界線」を全面に出したのは萩尾大楽シリーズの「阿芙蓉抜け荷始末」「外道宿決斗始末」の2作。両書との共通の登場人物が出てくる本書は、壮大な「筑前國サーガ」が本格始動したことを告げる。「本来なら福岡藩で活躍した人物がどんな形で登場するか、幕末まで各藩はどう盛衰するのか。楽しみながら書いていこうと思います」。“大河”の上流に立ち、遥か先の河口と海の広がりを見つめる。 　（塩田芳久）