「現代アートのユートピア」ドイツから失われる自由――ガザ紛争が引き起こした21世紀の「文化闘争」
展示会場にパレスチナ国旗を持った活動家
11月22日、ベルリン中心部にある、国立「新ナショナルギャラリー」では世界で最も有名な写真家の一人であるナン・ゴールディン(71)の回顧展が開幕した。ユダヤ系アメリカ人で、1970年代から当時偏見を持たれていたLGBTQと共に生活し、写真を撮ってきたことで有名だ。2023年、アート雑誌「アートレビュー」で、アート界で最も影響力の強い人物と評価されたほどのアクティビストでもある。彼女が米国のオピオイド危機(麻薬鎮痛剤により多数の死者が出た薬禍問題)に抗議した様子を記録した映画『美と殺戮のすべて』は、2022年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。彼女は昨年10月、パレスチナの解放を支持し、イスラエルによるジェノサイドを批判する公開書簡に筆頭でサインしていた。さらに、反シオニストユダヤ人による停戦を求めるニューヨークでのデモにも参加し、警察に逮捕されたこともある。 そんなゴールディンの展示会開催はドイツで波紋を呼んだ。この回顧展はヨーロッパの大都市を順番に回り、ベルリンでの開催は何年も前から企画されていた。社会に阻害されてきた人々を撮ってきた彼女の作品とアクティビズムを切り離すのは難しい。美術館は回顧展をキャンセルするのではなく、アーティストの政治的な態度について議論するシンポジウムをゴールディンに伝えずに企画した。しかし、彼女は登壇を断った。「私は美術館に否定されたと感じた。彼らは、自分たちが展示しているアーティストを支持していないことを証明しようと懸命だった」と独紙「フランクフルター・ルンドシャウ」に述べている。シンポジウムに当初登壇を了承したアーティストらも、次々にキャンセルする騒ぎになった。 そんななかで始まった回顧展のオープニングスピーチで、ゴールディンはイスラエルとドイツを厳しく批判した。特に、自国内のパレスチナ人とパレスチナに連帯を示す人々を反ユダヤ主義者と攻撃し、アーティストをキャンセルするドイツ政府を非難したのだ。 「ICCはジェノサイドについて語っている。国連もジェノサイドについて語っている。ローマ法王さえジェノサイドについて語っている。それなのに、私たちはこれをジェノサイドとして語ることはできない。ドイツよ、これを聞くのが怖いのか?」と述べた。 この投稿をInstagramで見る Candice Breitz(@candicebreitz)がシェアした投稿 また、彼女の計らいもあって会場にいた、親パレスチナアクティビストらがスピーチ直後に「フリー・パレスチナ!」と声をあげ、その後の館長の反論スピーチがアクティビストの声でかき消される事態になった。パレスチナ国旗やバナーが会場内で振られ、ドイツでは大きな「スキャンダル」となった。連邦文化大臣のクラウディア・ロートやベルリン市の文化担当大臣ジョー・チアロは、ゴールディンのスピーチを「耐えられないほど一方的な政治的見解」であると批判した。 ソフィアは、「現代で最も重要なユダヤ人アーティストの一人である彼女を、ドイツはパレスチナに対する意見だけを理由に酷く扱っている。文化・学術分野では、今後ドイツに対するボイコットが広がっていくだろう」と指摘する。