「現代アートのユートピア」ドイツから失われる自由――ガザ紛争が引き起こした21世紀の「文化闘争」
公的資金の配分でアーティストを統制
これまでドイツでは潤沢な公的文化資金が多様なプロジェクトや施設に付与され、比較的自由に多様な文化活動が行われてきた。しかし、公的資金の提供に際しても、「反ユダヤ主義」でないことが条件とされるようになりつつある。 ベルリンでは、昨年11月、パレスチナに連帯する反シオニストユダヤ人団体「中東における公正な平和のためのユダヤ人の声」による、中東の平和を願うイベントが開催された。それをホストしたことで、脱植民地、移民、クイアなど、オルタナティブな視点を提供する文化施設「オユーン」は、「反ユダヤ主義」だとして、直後に市政府からの資金提供を止められた。それ以降、同施設は、クラウドファンディングで集めた資金での運営を強いられている。 また、ベルリン市は今年1月、文化分野の助成金申請に際し、国際ホロコースト記憶同盟(IHRA)が提示する反ユダヤ主義の定義に従うことを求める条項を導入しようとした。IHRAの定義は「現代のイスラエルの政策をナチスのそれと比較すること」や、「イスラエル国家の存在は人種差別的な試みであると主張するなどして、ユダヤ人の自決権を否定すること」を反ユダヤ主義の例として挙げている。この曖昧な定義は、イスラエル国家に対する政治的批判と、ユダヤ人に対する差別を分けにくいとして、ユダヤ人学者や人権団体など専門家からの批判が多い。そんなIHRA定義への同意を強制しようとするベルリン政府に対し、表現の自由の制限であるとして大きな抗議が起こったため、同案は取り下げられた。 しかし、11月7日、ドイツ連邦議会は「今こそ二度と繰り返さない:ドイツにおけるユダヤ人の生活の保護、保全、強化」という決議(以下、反ユダヤ主義決議)を可決し、IHRA定義の導入を各自治体に求めた。「反ユダヤ主義を広めたり、イスラエルの生存権を疑ったり、イスラエルのボイコットを求めたり、BDS運動(イスラエルに対するボイコット、投資撤退、制裁を求めるキャンペーン)を積極的に支援したりする組織やプロジェクトに連邦資金が提供されないようにする」ことを明記し、特に文化・学術分野でそうすることが強調されている。 決議に法的拘束力はないが、ベルリンの弁護士のヤスミン・ハムディ氏は、この決議は「役所が裁量に基づいて行政上の判断をする際に参照する」ものになるという。そのため、イスラエルに批判的で「反ユダヤ主義者」である可能性があると行政にみなされたアーティストは、今後資金を受け取れなくなるだろう。 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、この決議によって「言論の自由、文化、学問の自由、集会の自由が制限される可能性がある」と声明で警鐘を鳴らしている。 前出のソフィアは言う。「ドイツには多くの文化助成金があり、アーティストにはユートピアのような場だと考えられてきた。アートが公的資金で支えられるのは、いいことだと以前は思えた。しかし、政府は誰を支援するか選別し、資金を道具として利用できるということがわかった。アーティストが国の望まないことを言い始めれば、政府は資金をカットできるのだ。 ドイツにも民間のアートギャラリーはあるが、公的部門で活動できなければ、ドイツで成功するのは難しい。民間ギャラリーで作品がよく売れているアーティストも、大きな美術館での展覧会への参加なしにはキャリアをうまく展開できない。しかし、この国の美術館はほぼすべて何らかの公的資金を受けているため、一度ブラックリストに載ってしまうと、もう美術館で展示できなくなる」