港区のイタ飯店で1万円札に火をつけて葉巻を吸う客…店内にいた画家が「貴様出てけ」の後に言った痛快な言葉
■高倉さん、柳井さん、豊田さん…みな感受性に富んでいる 【松浦】柳井さんや豊田さんは成功した経営者ですが、そうでない人も50歳を過ぎればコミュニティーで年長者になります。年長者になれば、そこにいるだけでまわりを緊張させる存在になり、ある意味でハラスメントになってしまう。私も50歳を過ぎて、まわりに余計な気を遣わせないことが大人のマナーだと意識するようになりました。 【野地】高倉さん、柳井さん、豊田さん、そして、伊藤忠商事の岡藤正広さん、みんな感受性に富んでいるんです。それもピュアな子どもみたいに。「まわりの人が今、何をしてほしいか」「人が本当は何を望んでいるか」をその場ですぐに探り当てる感受性を持っている。 経営でもその感受性があるから豊田さんはEV一辺倒にはならなかったんですよ。 高倉さんは自分がいるとまわりが緊張するとわかっていたから、なるべく気配を消そうとしていました。 【松浦】ただ、高倉さんくらいのスターになると存在感が強すぎて消せないでしょう? 【野地】本人はそのこともよくわかっていました。だから現場に入ると、立場が一番弱い人を探して「高倉です。よろしくお願いします」と挨拶していました。主演女優や共演俳優ではなく、看護師役のエキストラさん二人にパイプ椅子を持っていき、「座りませんか」とすすめていたこともあった。その様子をあえてまわりに見せることで、序列なんて関係ないということを教えようとしていたのだと思います。 ただ、逆に人を叱るときは自分の存在感を存分に使っていました。高倉さんが怒った姿を見たのは数回しかなく、一度は『鉄道員(ぽっぽや)』撮影中の記者会見でした。高倉さんは新人記者の質問にもじっくり考えてからていねいに答えます。そのため答えるまでに間ができるのですが、あるとき部屋に入ってきたテレビ局のおじさんが「健さん、先日はどうも」と割り込んできた。明らかにマナー違反です。 このとき高倉さんはどうしたか。何も言わずに、おじさんの頭からつま先までゆっくり視線を這わせたんです。それだけですが、一言も発せずともすべてが伝わった。これは怒られるより怖い。テレビ局のおじさんは部屋をすごすごと出ていきました。 そうやってオーラを使ったかと思うと、新人記者のほうに向き直って「先ほどあなたがお尋ねの件ですが」と、何事もなかったかのように答え始める。記者は高倉さんを好きになってしまいますよね。 【松浦】権威の消し方は人それぞれ。高倉さんのような人もいれば、愛嬌とかかわいらしさでバランスを取る人もいます。 【野地】まさに柳井さんがそうですね。柳井さんが長者番付で1位になって取材に行ったときの話です。帰りにエレベーターホールまで送ってくれたのですが、柳井さんが歩くと、まるでモーゼの前で海が割れたときのように人がサッとどいて道ができた。本人は普通に歩いているつもりでも、オーラがすごいから自然とそうなるんです。 かと思えば、ビスケットを口に頬張りながら、「はい、野地さんもどうぞ」とお菓子を差し出したりする。そのギャップが人を魅了する。 【松浦】権威があるのに横柄にならない人は、どこかで茶目っ気を出して自分の権威をひっくり返すようなことをします。北野武さんはテレビに出るときお約束のように転ぶじゃないですか。あれができる人はすごい。 【野地】それで思い出すのは作家の伊集院静さんかな。グラフィックデザイナーの長友啓典さんの還暦を祝うゴルフで、伊集院さんが幹事を務めました。会場に行くと、子どもの誕生会で見かけるような色紙の飾りがあって、「きのう徹夜してつくっきたんだ」と言う。嘘に決まってると思ったけれど、本人は「徹夜した」と言い張ってました。 僕が本を出したときも、絶対読んでないのに「おもしろかった。また腕を上げたな」と調子のいいことを言う。そういうチャーミングなところがあるから憎めなかった。50歳を過ぎたら、そういうバランス感覚がとくに効いてきます。