遺族に「証拠見せて」宝塚歌劇の最悪対応から考える、組織の隠ぺい体質を“助長させる”私たちの行動とは
政府の国民に対する説明は不明瞭でよくわからないことがほとんどです。ウェブサイトなどを見ても、独特の単語や難解な言い回しによって、一般人には仕組みが分かりにくくなっています。ところが、こうした状況に対して、不備や分かりにくさを指摘すると、質問内容が事実とちょっと違っていただけで、鬼のクビを取ったように「虚偽だ」「誤報だ」だと責め立て、指摘をやめさせようとするのはよくある話なのです。 困ったことに、一部の国民もそうした状況に加担している面があります。 本来、公共の制度というのは、誰にでも分かりやすく、明快である必要があります。加えて、説明責任は政府側にありますから、質問する側が恐縮する必要はまったくありません。分からないのであれば、「その説明では分からない」と繰り返し主張すべきです。 ところが、一部の国民は、政府の施策に疑問を持つ国民に対して「クレーマーだ」「業務を邪魔している」「こんなことも分からないのか」などとバッシングする傾向が見られます。こうした人たちが存在することで、政府の側の説明不足や制度の分かりにくさが正当化され、不透明な状況が半永久的に続くことになってしまうのです。 一連の状況を回避するためには、組織が積極的に情報開示せざるを得ない環境を作っていくしかありません。 民間企業の活動を見ていればよく分かりますが、業績が良く、社会から高く信頼されている企業ほど、情報開示に積極的であり、法律で決められていること以上の情報開示や説明を行っています。 宝塚歌劇は、阪急阪神ホールディングスの傘下にある事業であり、同社はれっきとした上場企業です。上場企業は社会に対して説明責任を負う存在です。上場企業としてふさわしい行動を取ることが義務付けられていますから、関係者はその現実について理解する必要がありますし、国民は同社に対して説明責任を強く要求する権利があります。
加谷 珪一