【令和ではNG?】「超えろ!」「塗り替えろ!」命令形の広告が劇的に減ったワケとは?
コンセプトとは何か、PRとはどんな仕事か――。ベストセラー『コンセプトの教科書』の著者で、株式会社TBWA\HAKUHODOチーフ・クリエイティブ・オフィサーの細田高広氏が、博報堂執行役員で、博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎氏と対談を行った。嶋氏は、最新刊『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を2024年9月に上梓したばかり。博報堂の先輩・後輩という関係の2人が、たっぷり2時間超、広告・PRの仕事について語り合った。第4回では、共創の時代に意識すべきブランド発信のトレンドと、互いが感じる新しいあたりまえの「予感」を議論する。(第4回/全6回)(進行/NewsPicksパブリッシング・中島洋一、ダイヤモンド社・宮崎桃子 構成/水沢環) 【この記事の画像を見る】 ――最近の広告・PR業界におけるトレンドや流れについて、何か感じることはありますか? 細田高広(以下、細田):最近、言葉のつくりかたとして僕がすごく気を付けているのは、「反対側を否定しないこと」です。一方的に結論を押し付けるような言い方をしてしまうと、反発が大きいだけになってしまうんですよね。 たとえばゼクシィが「結婚だけが幸せだ」じゃなくて、「結婚しなくても幸せになれる時代に」とさりげなく語ったのは、その顕著な例だと思います。同じように、たとえば「女の子の制服にズボンがあってもよくない?」「髪色は自由にしてもよくない?」みたいに、「こっちもいい。だけどこっちもあってよくない?」くらいの温度感で発信しないと、共感されない時代になっているんです。 嶋浩一郎(以下、嶋):たしかに、今はそういう時代だよね。 細田:その流れを感じた端緒はスポーツブランドの仕事でした。もともと、スポーツブランドのコピーって、命令形のオンパレードだったんです。「DO IT!」「諦めずに走れ!」「記録を塗り替えろ!」「〇〇を超えろ!」みたいな。とにかく命令形でけしかけるコミュニケーションがひとつのお作法だった。それが2010年代の半ばくらいにどうやら響いていないなと分かってきて、得意先担当者と命令形はやめよう、と話し合ったのを覚えています。 その頃くらいから、広告全体において「一方的なものは通じない」「問いかけるような形にしなきゃ」みたいな流れが生まれていったと思います。今は、反対側に対する配慮というか、反対側の人たちも上手く取り込まないといけない時代なんですよね。 嶋:「命令形だった」というのはその通りで、ブランドは昔、教祖的な立場から「経典」を提示していたと思うんですよ。でも、今愛されるブランドって「カリフォルニアロール的」なんだよね。 カリフォルニアロールって、アメリカ人に「寿司ってこんなもんだよ」と教えたら、彼らがアボカドとかサーモンとかを入れてつくっちゃったものじゃないですか。そこで「そんなもの江戸前寿司には絶対入れない!」と拒否するんじゃなくて、「いいね、それも寿司だね」と認めるスタンスを取ったほうが、結果的に寿司の文化は広がっていくわけですよね。 そんなふうに受け手が自由に解釈をしていい余白があるブランドのほうが、受け入れられていく時代なんじゃないかなと思うんです。「共創の時代」ってまさにそういうことでしょう。 細田:それこそPR的ですよね。ネガティブな意見を持つ人とも合意できる部分を探して、社会に新しいあたりまえを広げていくような。何かを主張するとすぐに対立を生んでしまう時代ですから、「PRの技術と発想で上手く味方をつけていかないと」と感じる案件はどんどん増えている気がします。 嶋:そう、そもそもPRは「世の中には多様な意見を持っている人がいる」という前提で始まるコミュニケーション技術だからね。 SNSによってマイクロな意見もたくさん顕在化する今みたいな時代に、すごく必要な技術だと思います。 ――嶋さんの本では、そんなPR技術を通して「新しいあたりまえ」が生まれていく、というお話がされていますが、お二人が今感じている「これから新しいあたりまえが生まれそうな分野」は何かありますか? 「みんな最近こんなモヤモヤを感じているんじゃない?」というような。 細田:自分の中でまだ答えが出ていないことなんですが、ひとつは「副業」ですね。まだ大企業だと副業に対して腫れ物に触るような感じがありますけど、もしかしたら「副業」という言葉の置き方が良くないのかなと思っていて。もし「副業」に変わる記号が見つかったら、ガラッと「なんでやらないの?」みたいになるかもしれないな、と思うんです。 嶋:たしかに多様な働き方があってしかるべきだから、いろんな社会記号とかコンセプトが出てくる気がするよね。たとえば、「複数の企業に就職してもいいじゃん!」みたいな考え方があたりまえになるかもしれない。そういう多様な働き方が実現するためには、雇用保険とか労働法とか、いろんなものが変わっていかなきゃいけないけど。 細田:変わりそうですよね。実際、大学では「ダブルディグリー」と言って2つの専門領域を学ぶことも珍しくなくなってきているようですし。 嶋:一度大学に戻ってから、また同じ会社で働くとかもありそうだよね。 働き方については、それこそ今、ファーストペンギンたちがうごめいている時期なのかなと思います。「俺だったらこうするのにな」をやり始めてる人があちこちに出てきている。だから、これから新しい“星座”が形作られていきそうな雰囲気があるよね。 ――先ほど(第1回)お話しされていた、新しいあたりまえが世の中に浸透していくときのプロセスの途中だということですね。 嶋:そうです。あとは「教育」も変わりそうだよね。「高校に行かなきゃいけない」とかのあたりまえが変わって、全然違う教育のやり方が生まれてくる気がする。 細田:そうですよね。「卒業」という言葉に違和感を覚える、という意見を聞いたこともあります。学校を「卒」すること、つまり「卒校」はあるけど、「卒業」という勉強自体をやめることは生涯ないんじゃないか、と。 嶋:たしかに。やっぱり学びと仕事はもっとマージ(融合)していく可能性があると思いますね。 ▶第5回へ続く(12月6日予定) ▶第1回は「バイト中でも、座ってよくない?」。そんなモヤモヤから生まれた新サービスは何? ▶第2回は【知らないと恥ずかしい】「広告」と「PR」の違い、簡単に説明できる? ▶第3回は「離乳食を配ると独身女性の居場所がなくなる!?」スープストックが炎上を回避した、驚きの方法とは?
細田高広