急増する新興感染症 天敵なき地で猛威ふるう侵略的外来生物としての病原体
遠く離れた国で流行している感染症は、今や遠い国の不幸な出来事ではなくなっています。最近ではリオデジャネイロ五輪を控えたブラジルなどで流行するジカ熱が話題になりました。感染症には感染しても比較的軽症ですむものから死に至るものまであります。その多くは野生生物が病原体を持っていて、人間との接触で直接感染したり、ほかの生物を媒介して間接的に感染したりします。 グローバル化が進み国境や海峡を越えて人知れず侵入する病原体を侵略的外来生物ととらえ、感染症の発生と拡大のプロセスについて国立研究開発法人国立環境研究所の五箇公一さんが解説します。
外来生物の侵略メカニズムは病原体にもあてはまる
このコラムでこれまで紹介してきたように、外来生物による生態系および人間社会に対する悪影響は重大な環境問題となっています。生物本来の移動能力を超えた短時間での長距離移送が、進化プロセスを無視した生態系の構成要素の変換をもたらし、生態系のバランスを崩壊させるのです。 例えば、北米原産の肉食淡水魚オオクチバスは、日本国内の内水面で強大な侵略的外来生物として在来魚類の脅威となっていますが、原産地の北米では、そこまで猛威をふるうことはありません。原産地の生態系では天敵や競合種がオオクチバスとともに進化しており、また餌となる小魚たちも、オオクチバスの捕食から逃げたり隠れたりする形質を進化させています。そのため、原産地の生態系ではオオクチバスの個体数は自ずと制限されることになります。 このように自然生態系においては構成する生物種どうしが長きにわたる共進化の歴史を経て、お互いの個体数が調節され、安定した生態系ピラミッドを築いているのです。しかし、この安定した生態系の間で、進化時間を無視した生物の人為移送が行われれば、生態系ピラミッドは簡単に崩壊することとなります。オオクチバスを日本の生態系に移送すれば天敵もおらず、餌となる魚も食べ放題となり、オオクチバスは途端に強大な侵略的外来生物と化します。 この進化生態学的視点からみた外来生物の侵略メカニズムは、病原体にもあてはまります。病原体とされる微生物やウィルスも生態系の構成要素であり、本来、病原体と宿主生物との間にも共進化による固有の相互関係が構築されています。病原体の移送は、免疫や抵抗性を進化させていない新たなる宿主との遭遇をもたらし、急速な流行や感染爆発を引き起こして、宿主個体群に壊滅的な被害を及ぼすことにもなります。 現在、世界各地に蔓延するインフルエンザウイルスやHIV(AIDSの原因となるウイルス)、そして一昨年、アフリカから世界各地への感染拡大が懸念されたエボラ出血熱ウイルスなど、グローバリゼーションが唱われる現代社会において、外来生物としての病原体の脅威は拡大を続けています。