急増する新興感染症 天敵なき地で猛威ふるう侵略的外来生物としての病原体
急増する野生生物由来の新興感染症
ヒト後天性免疫不全症候群(AIDS)やエボラ出血熱のように近年急速に人間社会に広がりを見せている病気を新興感染症(Emerging Infectious Disease)といいます。そして、新興感染症うちの6割以上が人獣共通感染症、すなわち人と動物の両方に感染し得る感染症となります。 さらに、これら人獣共通の新興感染症のうち70%以上が野生生物を起源とする病気とされます。野生生物起源の感染症でもっとも有名かつ深刻なものに、1981年に初めて症例が報告されたAIDSがあります。 AIDSの病原体となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、もともとアフリカの霊長類に種特異的に感染していたサル免疫不全症候群ウイルス群(SIVs)が起源とされ、サル類からチンパンジー・ゴリラなどの類人猿への感染を経て、人間に感染するウイルスに進化したと報告されています。アフリカの原住民がこれら霊長類を狩猟の対象として生肉を摂取するなどしたことが感染および流行の契機になったと考えられています。 重症急性呼吸器症候群(SARS)は2003年に初めて発見されましたが、その原因となるSARSコロナウイルスは、ユーラシア大陸に広く分布するキクガシラコウモリが自然宿主とされます。ちなみに、コウモリは、狂犬病ウイルスや、コウモリリッサウイルス、ニパウイルス、さらに近年にアフリカで猛威をふるい、欧米にも感染が拡大したエボラ出血熱ウイルスなど、ヒトに致命的な感染症をもたらす多くのウイルスの自然宿主であることが判明しています。
人間社会の膨張と生物多様性の崩壊がもたらす感染症パンデミック
これら新興感染症の1940年代から1990年代における地域別の発症報告件数を調べると、中緯度~高緯度地域の経済先進国、すなわち北米、ヨーロッパ、オーストラリア、そして日本を含む東アジア諸国にその数が集中していることがわかります。HIV(AIDSの原因ウィルス)も原産地はアフリカですが、発症例が確認され病名がついたのは北米が最初でした。 蚊が媒介し、主にヒトと鳥類の間で感染が生じるウエストナイル熱ウィルスは、1937年に初めて、ウガンダのWest Nile地方で患者から分離されましたが、1990年代に入ってから、全く感染例のなかったヨーロッパおよびアメリカで流行が相次ぎました。 多くの新興感染症が、アフリカをはじめとする低緯度地域の野生生物由来であるにも関わらず、その流行が広く先進国に及んでいる背景には、人間活動の肥大化およびグローバリゼーションの進行があると考えられます。 そもそも、低緯度地域の生物多様性が高いエリアで野生動物を自然宿主として生息していた病原体が人間社会に持ち込まれるきっかけをつくったのは人間活動による生態系の改変でした。すなわち、人間が熱帯林を破壊・分断化し、野生動物と人間の境界線が崩壊してしまい、野生動物の体内に宿る病原体が人間に感染するという機会が、急増したのです。 同時に、近年のグローバリゼーションの進行にともないヒトおよび媒介動物の移送が活発となり、国境線や海峡を超えて病原体が拡散することとなり、さらに都市化による人口集中が感染拡大につながっています。