星空を台無しにする原因は? カナディアンロッキーのダークスカイ・ツーリズム体験
野生の勘が覚醒していくよう
「ロックス(石があるよ)」 「ルーツ(根っこがあるよ)」 「ストリーム(水の流れ)」 私たちは口々に叫びながら森を歩いた。 それは何とも不思議な体験だった。 明るい日中に歩くより、森が身近に感じられ、自然と一体化していくような気がする。暗闇に目が慣れていく感覚は、自分の中に眠る野生の勘が覚醒していくようだった。 ナイトハイクとは、文字通り、夜の森をハイキングするアクティビティである。 カナディアンロッキーのジャスパー国立公園で毎年10月に開催される「ダークスカイ・フェスティバル」の期間中にだけ開催される特別なイベントである。 「ダークスカイ(真っ暗な空)」とは、ネオンサインや街の明かりなど、星空を台無しにする「光害」を排除した、本来の夜らしい空のこと。近年、世界各地でダークスカイ推進運動が活発になり、環境に配慮した照明のあり方が考慮されるようになった。 カナダは、この活動の先進国として知られている。光害を抑制または排除して夜空を保護しているダークスカイ保護区(星空保護区)が国内に13箇所ある。ジャスパー国立公園はそのひとつだ。 谷崎潤一郎の『陰影礼賛(かつての日本では陰影、すなわち光の当たらない場所に意味を見出し、その中で映える芸術を尊んだ。それこそが日本古来の美意識だとする随筆的評論)』が象徴するように、日本文化は本来、夜の闇に意味を見出してきた。しかし、現代の日本は、24時間煌々と明るいコンビニに代表されるように、むしろ世界でも最も明るい夜を持つ国になってしまった。 私がことさらに夜の森でヘッドライトを消すのに躊躇したのは、そうした日本で暮らしているせいなのかもしれなかった。
暗闇の保全は星空の観察に限らない
ダークスカイ保護区とは、あらゆる形の光害を抑制・排除して、夜空の保護・保全を特別に表明している保護区を指す。 日本では一般的に星空保護区と呼ばれるが、夜の暗闇を守る目的は、星空の観察に限らない。多くの植物や野生動物、昆虫類は暗闇の中で捕食や繁殖、移動を行うため、暗い夜空を守ることは、生態系全体を守ることにもつながるのだ。ダークスカイ保護区と称する理由である。星空観察やナイトハイクなどダークスカイを体験する観光をダークスカイ・ツーリズムと呼ぶ。 カナダ国内のダークスカイ保護区の中で、最もアクセスしやすいのが、観光地として有名なカナディアンロッキーにあるジャスパー国立公園である。日本からはカルガリー(成田発ウエストジェットの直行便あり)又はバンクーバー(日本から多数の直行便あり)経由でエドモントンに入り、陸路(バス便あり)で約5時間。カナダで公共交通機関でのアクセスも可能なダークスカイ保護区はほかにない。 世界で2番目に大きな保護区であり、容易にアクセスできる保護区としては世界最大の面積を誇る。 カナディアンロッキーというと、バンフがよく知られているが、ジャスパーはロッキー内で最も大きな国立公園でもある。 毎年10月中旬に約2週間にわたって開催されるのが「ジャスパー・ダークスカイ・フェスティバル」だ。期間中に約75のイベントが開催され、約1万人が参加する。 ジャスパーを代表するラグジュアリーホテル「フェアモント・ジャスパー・パークロッジ」での屋外コンサート「シンフォニー・アンダー・ザ・スカイ」で開幕。暗闇の森を体験するナイトハイクのほか、星空撮影教室、天文学者や宇宙飛行士などのレクチャーなど、多くのイベントが開催される。イベントはフェスティバルのウェブサイトから予約やチケットが購入可能。基本的に誰でも参加可能だ。 星空を見ることは、宇宙を身近に感じることでもあるのだ。星や天体に焦点をあてたダークスカイ・ツーリズムは、「アストロ(天体の)・ツーリズム」と呼ばれることもある。 観光のハイシーズンである夏は夜が短く、スノーシーズンの冬は夜の屋外は寒すぎる。ほどよく夜が長く、気候も安定している10月は星空観察にちょうどいいのが、この時期に開催される理由というが、私が訪れた週はあいにくの曇天が続いていた。 日中は雲が切れて晴れ間も出るのだが、なぜだか夜になると、空は雲に覆われてしまう。ナイトハイクに参加した日は、滞在の最終日だった。 今夜こそ晴れてほしい。ジャスパーの美しい星空をぜひこの目で見たい。私は祈るような思いで空を見上げた。 だが、夕方になると、雲行きが怪しくなってきた。 ◇星空観察にちょうどいいとされる10月だったが、山口さんが訪れた週はあいにくの曇天が続いてた。 あらゆる形の光害を抑制・排除して、夜空の保護・保全を表明するジャスパー国立公園で、山口さんは暗闇の森で満天の星空を見られるのだろうか。 後編「悪天候でも決行したカナダ『ダークスカイ・ツーリズム』で星空の代わりに見えたもの」に続く。 取材協力 Travel Alberta https://www.travelalberta.com/ Tourism Jasper https://www.jasper.travel/
山口 由美(旅行作家)