豊かさの「世界線」 物質的な指標は過去のものに 個人と共同体が両立する幸せの定義とは
「今日よりも明日が、物質的に豊かになる」と信じられなくなった時代、多くの若者が自問している。こんな状況下で子供を産み、育てることは果たして幸福なことなのだろうかと。
不安が蔓延(まんえん)している。
■日本の『新たな幸せの形』
求められているのは、豊かさとは何かを、改めて定義づけることだ。
「幸福」について研究する京都大・人と社会の未来研究院院長で教授の内田由紀子(文化心理学)は次のように語る。
「自分の利益を取ることと社会のためになることは二律背反だと考えられがちだが、個人と共同体が『ウィンウィン』の関係を結べるような在り方があるのではないか」
かつては地域に根ざした生業を持ち、家族や地域とともに生きるのが普通だった。それが都市化が進み、皆が進学し、同じような「ゴール」を目指すようになった。
そうした物質的豊かさへの希求が、戦後の高度経済成長の原動力になったのは確かだろう。ただ、低成長・少子高齢化の時代を迎えた今、内田は、フレキシビリティ(変化に対する柔軟性)こそが必要だと訴える。
「外来の文化を取り入れて発展してきたように、繰り返される災害にも負けずに生活を営んできたように、日本は『新たな幸せの形』を見つけられるはずだ」
東京から福井へ移住した芳沢の行動は、回答の一つといえる。人口流出が進む地方にとって、若い世代の流入は地域の活性化につながる。何より、その選択は独居の祖母にとって頼もしく、うれしいものだったに違いない。
急速に崩れつつある社会や地域といった共同体を、どうつむぎ直すか。それは、物質的なものではない、別の豊かさの「世界線」を描く営みでもある。
あなたにとって、豊かさとは。夫婦と祖母の3人でほぼ自給自足の生活を送る芳沢に問うと、こんな答えが返ってきた。
「食事があって、寝床があって、自給自足ができて、足りないものを買うお金を稼げること」
輪郭はまだぼやけたままだが、「新たな豊かさ」の解像度は少しずつ、上がっている。=敬称略