なぜ2人の個性派投手が殿堂入りしたのか…元中日の山本昌氏とヤクルト高津監督の「補欠」「魔球」「野球生命長寿」の共通点
日本野球殿堂博物館は14日、今年度の野球殿堂入り者を発表し、引退から5年以上が経過した選手が対象のプレーヤー表彰で、ヤクルトの監督として昨年日本一となり、現役時代にクローザーとして日米通算313セーブをマークしている高津臣吾氏(53)が311票、中日の左腕エースとして通算219勝あげて、最年長ノーヒットノーラン、49歳0か月の最年長勝利記録などを持つ山本昌氏(56)が307票で当選必要票の271票を大きく上回って選出された。またエキスパート表彰は、2年連続で該当者なしとなり、元阪神で3冠王を記録したランディ・バース氏(67)は、当選ラインにわずか4票届かなかった。特別表彰では、元東海大総長で首都大学野球連盟の開設や、モスクワに野球場を寄贈するなどアマチュア野球の発展や野球の国際化に寄与した故・松前重義氏が選ばれた。
山本昌氏の転機は故・アイク生原氏との出会い
2人の“個性派投手“が殿堂入りを果たした。 「(殿堂入りの)知らせを受けた時には本当にビックリした。混乱するくらい。でも、ここに座って喋っているということは本当なんだな」 山本昌氏が興奮を抑えきれない様子でそう心境を述べると、ヤクルトの高津監督も、殿堂の“重み”を感じ取っていた。 「嬉しいというより、ここに座っていいのか、素晴らしい諸先輩方と肩を並べたわけではないが、そういうところに入っていいのか。それが率直な気持ち」 山本昌氏はノミネートされて2年目でのスピード殿堂入り。過去に島岡吉郎氏、広岡達朗氏、稲尾和久氏、山内一弘氏、若松勉氏しかいない。 また7年目にしての殿堂入りとなった高津監督はメジャー経験者としてはフランク・オドール氏、野茂英雄氏、佐々木主浩氏、松井秀喜氏に続く5人目の快挙となった。 2人には共通項があった。「補欠」「魔球」「長い現役生活」のキーワードだ。 山本昌は小中と補欠だった。日大藤沢高校から頭角を現して、1983年に中日にドラフト5位で入団したが、そこでも逆境に立たされていた。「今年がダメなら」の崖っぷちの心境で迎えた5年目のシーズンに当時の監督だった故・星野仙一氏から米留学を告げられ、奈落の底へ落とされた。 「嫌で嫌でしょうがなかった」 そこで出会ったのが、すでに殿堂入りを果たしている、当時ドジャースの会長補佐を務めていたアイク生原氏だ。 「いつも前向きに指導していただいた。1勝するだけで喜んでくれたアイクさんは、殿堂入りをきっと喜んでくれていると思う」