妊娠中に脳が激しく変化し続けると判明、元に戻らない部分も 研究者自ら脳をスキャン
妊娠前から出産2年後まで、認知能力などへの影響は不明
気分や記憶など脳の機能に大きく影響する性ホルモンは、妊娠中に分泌量が劇的に変化する。ところが、妊娠中の脳に何が起こるのかはほとんど研究されていない。しかし、1人の女性の脳を妊娠前から妊娠中、出産後までの計26回にわたってスキャンした結果を示した論文が9月16日付で学術誌「Nature Neuroscience」に発表され、それまで未知の領域だった妊婦の脳について知る手がかりを与えてくれている。 【動画】本当に眠りながら食べまくる女性たち、謎の病 性ホルモンが脳に与える影響に魅了された米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の神経科学者で、論文著者のエミリー・ジェイコブス氏は、月経周期に伴って女性の脳内で起こっている変化を記録するために、数年前に研究チームとともに「28・アンド・ミー」というプロジェクトを立ち上げた。 すると、氏の研究室と交流がある米カリフォルニア大学アーバイン校の神経科学者であるリズ・クラスティル氏が、研究対象を広げて妊娠中の脳も研究してみないかと提案した。妊娠中もまた、ホルモンが劇的に変化する時期だが、妊婦の被験者にはあらゆる安全上の要件が求められるため、脳の研究は難しく、ほぼ不可能に近かった。 「リズは、『私も研究対象にしてみたらどうですか。私、子どもを産むつもりなので』と言ってきたんです」と、米ペンシルベニア大学の神経科学者で論文の筆頭著者を務めたローラ・プリチェット氏は振り返る。 妊娠期間中に脳の構造やホルモン値がどう変化するかを研究チームが詳しく解明できるように、クラスティル氏は自ら進んで何度も繰り返し脳スキャンを受けた。
灰白質と白質の変化
妊娠前と後の脳の画像を比べて分析した過去の研究では、妊娠によって脳の表層にある「灰白質(かいはくしつ)」と呼ばれる部分が縮むことが示されていた。灰白質は、認知、感覚、学習など、脳が果たす重要な役割の大部分を担っている。 「マミーブレイン」という言葉があるように、妊娠中は脳にもやがかかったような状態になった、あるいは忘れっぽくなったと感じる人も多いが、これは妊娠に適応した変化である可能性が高い。 灰白質の縮小というと何か怖いことのように思われるかもしれないが、神経の情報処理を微調整し、脳をより効率化するために、成長する間は誰にでも起こっていることだ。 妊娠中に起こる脳の変化の規模とパターンは、同じくホルモンによって起こる思春期女性の脳の変化に似ている。別の研究によれば、数十年後の神経画像データだけに基づいて、その人が妊娠したことがあるかどうかがわかるという。 人間の脳は20代半ばで成長が止まると言われるが、実はその後も生涯にわたってホルモンは脳に長期的で著しい変化を起こしているようだ。 クラスティル氏の脳を研究したプリチェット氏らは、灰白質の体積が妊娠中に4%以上減り、その減少が出産から2年後の研究終了時まで続いていたことを確認した。今回の研究では、灰白質が妊娠の初期から着実に減り続け、出産前後に下げ止まり、産後もその状態が続いたことが示された。 この変化は、エストラジオールとプロゲステロンという2つの女性ホルモンで見られた濃度の上昇と相関していた。どちらも妊娠中に増え続け、出産を境に急減した。 しかも、灰白質が減ったのは一部の領域やネットワークにとどまらず、実に脳の領域の80%にも及んでいた。縮小のペースが特に速かった領域やネットワークもあったが、これが何を意味するのかはまだわかっていない。 灰白質の縮小は研究チームも予測していたが、驚いたのは、脳の「白質(はくしつ)」にも変化が見られたことだ。白質とは脳内を通る神経線維の束で、ニューロン(神経細胞)が互いにコミュニケーションをとる助けをしている。この白質が妊娠中に強くなり(統合性が増し)、妊娠中期にピークに達して、出産の頃になるとほぼ元に戻っていた。 このデータからは、白質の変化が新しい母親にとって何を意味するのかまでは説明できないが、思春期に起こる同様の変化は、認知能力の向上と相関関係があることが示されている。