『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督が語る「右派と左派が喧嘩せず議論できる映画を」
ジェシー・プレモンス演じる正体不明の兵士の衝撃
―リーとジェシーの師弟関係は非常に感動的ではあるものの、戦場カメラマンとして成長するにつれ蛮勇を振るうようになるジェシーの成長は決して祝福されているようには見えませんでした。それは戦争というネガティブな状況を前提としたものだからなのでしょうか? ガーランド:戦争が背景にあるから……ではありませんね。私は若者が望むすべてを手に入れようとする姿を見ると、むしろその若者のことが心配になってしまうのです。そこは私がリーに自分を重ねている部分かもしれませんね。 私の故郷には「願い事には気をつけなさい(Be careful what you wish for)」という言い回しがあります。その言葉が意味するのは警告ですね。それはこの映画のテーマとも部分的に結びついていると思います。本作は中道派的な立場から、過激主義とポピュリズムの政治家に注意しろという警告を鳴らす作品ですから。 ―私がアジア人であることもあり、ジェシー・プレモンス演じる正体不明の兵士が登場するシークエンスには心の底から恐怖と絶望を覚えました。「What kind of American are you?(お前はどういう種類のアメリカ人だ?)」という台詞が何よりも印象に残っています。 ガーランド:あなたが「アジア人であることもあって怖かった」というのは彼がアジア系に銃を向けたからでしょうか? その理由を教えてください。 ―彼が人種差別主義者であるためです。つい先日もイギリスで極右が「イスラム系移民が殺傷事件を起こした」という誤情報で差別心を煽って反移民の暴動が起きたように(※)、差別は暴力へとつながっていきます。あの兵士のような人種差別主義者が非白人を狙って殺害する姿は、私には単なるフィクションに思えませんでした。 ガーランド:まさにその通りだと思います。ですがこの映画を観た多くの人は、ジェシー演じる兵士が人種差別主義者だと気づきませんでした。しかし、彼は間違いなく人種差別主義者で、その差別心は暴力となり、ふたりの中国人・香港人ジャーナリストに向けられました。ただ多くの観客は人種差別への認識があなたと違っていた。そのことを興味深く思い、私はいまの質問をしました。でも、あなたの見方こそが正しいです。 ガーランド:このような暴力は、2021年1月6日にトランプ支持者らがアメリカ連邦議会議事堂を襲撃して以来、何年にもわたり起きていることの一つだと思います。これまで多くの優れたジャーナリストたちは「暴力的な言葉は、やがて暴力的な行動となる」と警鐘を鳴らしてきました。そして現在、それが世界中で証明されています。 暴力的な言葉で私が思い出すのは、トランプが新型コロナウイルスについて話すとき、「中国」や「中国ウイルス」という言葉をよく使っていたことです。それで映画のなかでも同じように描きました。ジェシー・プレモンスも「中国」という言葉を吐き捨てるように使っていますよね。 (※)2024年7月、イギリス中部のサウスポートでダンス教室に通う子供3人が刃物を持った人物に襲われ、殺害された事件。容疑者がイスラム教徒であるという誤情報が拡散し、暴動に発展した。 ―監督は「アメリカは大国ゆえにその政治や選挙であらゆる国の命運が左右される」とプロダクションノートでも語っていましたが、世界中に影響を及ぼすであろう11月5日のアメリカ大統領選をどのように見ていますか? ガーランド:私としては、もしトランプが勝つのなら最悪な事態になり、カマラが勝つのならグッドだと思っています。
「私は観客に会話をしてもらいたいのです」
―最後に、この映画を観た観客が社会や政治についてどのような会話をすることを期待しますか? ガーランド:いい質問ですね。私は観客に会話をしてもらいたいのです。ほとんどの映画はすべての問いと答えが物語のなかに含まれているから、なかなか会話につながりません。 私は日本の政治について詳しく把握していないので同じ状況かはわかりませんが、ヨーロッパやアメリカでは右派と左派の会話は完璧に崩壊しています。だから私は、右派と左派の観客が喧嘩をせずに議論できるような、双方に共通点がある映画をつくりたかった。ただ会話をしてくれること、それがこの映画の答えなのです。
インタビュー・テキスト by ISO / リードテキスト・編集 by 生田綾 / 撮影 by 西田香織