誰もが情報発信できる時代に「信頼される」ための指針
ジャーナリストたちの葛藤や悩み、守りたい信条
でも、読み進めていくと、その印象は変わる。第1章は総論で、上記の10項目の内容が端的に紹介される。第2章から第11章までが、それぞれの説明にあてられる。その中で、とにかく沢山の人たちが登場する。多くの紙幅を割いているのは、いかめしい理想論というよりも、一人ひとりのジャーナリストたちの葛藤や悩み、守ろうとしている信条についての話だ。 たとえば「ジャーナリズムの仕事をする者は、個人としての良心を貫く責務がある」という項目を説明した第10章。そこでは、他紙からの盗用や捏造によって記事を執筆していたニューヨーク・タイムズの元記者ジェイソン・ブレアの不祥事の顛末と、それを告発した社員たちの声が綴られる。 また「ジャーナリズムの仕事をする者は、取材対象から独立を保たなければならない」という項目を説明した第5章では、政治家からジャーナリストに転じたウィリアム・サファイアの話から、両論併記でバランスをとる見せかけの公平さよりも大事なものがあるということを語る。 そして、最後の11章で主語は「ジャーナリスト」から「市民」へと変わる。一般の人たちがSNSに投稿した写真や映像がニュースの素材となることは当たり前になった。その先で、人々と職業ジャーナリストがどのような協力関係を築くことができるかが論じられている。 本書は、ジャーナリズムについての本であるのは間違いないのだが、それと同時に「信頼」を巡る考察の書でもある。挙げられているジャーナリズムの10の原則は、そのまま、人が情報を発信するにあたって「信頼される」ためにどうあるべきかという指針に読み替えることができる。 そういう意味でも、広く読まれる価値のある一冊だ。 ◎柴那典(しば・とものり) 音楽ジャーナリスト。1976年、神奈川県生まれ。ロッキング・オン社を経て独立。音楽やビジネスを中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』『平成のヒット曲』、共著に『渋谷音楽図鑑』がある。X:@shiba710 ◎ビル・コバッチ Bill Kovach 『ニューヨーク・タイムズ』ワシントン支局長、『アトランタ・ジャーナル・コンスティトゥーション』編集者、ハーバード大学ニーマン・フェローシップ運営代表を歴任。憂慮するジャーナリスト委員会の創設者・議長を務めた。 ◎トム・ローゼンスティール Tom Rosenstiel アメリカ・プレス研究所専務理事、「ジャーナリズムの真髄プロジェクト」の創設者・理事、憂慮するジャーナリスト委員会副議長を務めた。『ロサンゼルス・タイムズ』メディア批評担当、『ニューズウィーク』議会担当キャップを歴任。4冊の小説のほか、ジャーナリズム論を中心に多数の著作があり、ビル・コバッチとの共著に『インテリジェンス・ジャーナリズム』(ミネルヴァ書房)、『ワープの速度』(未邦訳)がある。 ◎澤康臣(さわ・やすおみ) ジャーナリスト、早稲田大学教授(ジャーナリズム論)。1966 年岡山県生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として社会部、ニューヨーク支局、特別報道室などで取材し「パナマ文書」報道のほか「外国籍の子ども1万人超の就学不明」「戦後憲法裁判の記録、大半を裁判所が廃棄」などを独自調査で報道。「国連記者会」(ニューヨーク)理事、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所客員研究員なども務めた。著書に『事実はどこにあるのか』(幻冬舎新書)、『グローバル・ジャーナリズム』(岩波新書)など。
柴那典