「高齢者」の定義を変えるか

そこで最近、注目される議論が出ています。「高齢者の定義を5歳延ばそう」というものです。政府の経済財政諮問会議で2024年5月、民間の有識者議員4人が提言したものです。そのうちの1人である新浪剛史・サントリーホールディングス社長は、経済団体のセミナーで、現在65歳以上としている高齢者の定義を「70歳になっても75歳になってもいいので、ぜひとも変えてもらいたい」と述べています。 実は、はっきりした高齢者の定義はありません。法律をみてみると、雇用の安定等に関する法律では55歳以上としていたり、居住の安定確保に関する法律では60歳以上としていたり、道路交通法では70歳以上としていたりします。 ただ、医療の確保に関する法律で65歳以上としていたり、年金の支給開始年齢が65歳以上を基準にしていたり、多くの会社で定年が65歳だったり、自治体などでおこなう高齢者向けサービスを受けられる年齢がおおむね65歳以上だったりすることから、一般的には65歳以上を高齢者としています。また、世界保健機関（WHO）も65歳以上を高齢者としています。 新浪社長らの提言には、65歳以上の人にももっと働いてもらって、労働力人口の減少を補ってもらおうという狙いがあります。また、年金の負担を軽減することにもつながります。つまり、現役であり続ける期間を長くすることで、現役の負担をやわらげ、日本経済の活性化につなげようということです。 確かに今の65歳以上は昔に比べて元気になっています。厚生労働省は医療や介護に依存しないでいられる寿命を健康寿命として公表しています。新型コロナ前の2019年の健康寿命は女性が75.38歳、男性が72.68歳です。65歳からさらに数年は健康でいられる人がたくさんいることを示しています。 ただ、65歳以上の人の健康や体力については個人差があります。高齢者の定義を70歳以上に引き上げれば、65～69歳の人に対する高齢者向け福祉サービスは受けられなくなるでしょう。困る人は少なくないと思われます。 若い世代は賛成かと思うと、そうでもないようです。朝日新聞社が6月におこなった世論調査で「高齢者の定義を5歳引き上げて70歳にすること」への賛成反対を聞いたところ、若い世代の方が全体よりも反対の割合が多いという結果でした。若い世代は医療や年金という社会保障の負担を長く背負っていく世代ですが、その負担期間がさらに長くなることに抵抗する気持ちが強いことがうかがえます。 高齢者の定義を変えるということは、労働力不足を補ったり社会保障負担を減らしたりすることができる「魔法の杖」のようなアイデアではありますが、実現は簡単ではなさそうです。 では、「すべての人が長生きを心から喜べる社会」にするにはどうしたらいいのでしょうか。むずかしい問題ですが、この目標に向かうための方法を考えることがとても重要になっています。