「心の奥底がざわざわする」“見えないもの”への想像力を掻き立てる、ドイツ人アーティストの展覧会が開催中
ざわざわと心の奥底がくすぐられる──。インスタレーションから映像、水彩画、壁画、コラージュ、パフォーマンスまでさまざまなメディアや表現方法を介して、無意識下の深層心理を呼び覚ます稀有なアーティスト、ウラ・フォン・ブランデンブルクの個展が、エスパス ルイ·ヴィトン大阪で5月11日まで開催中だ。 【画像】心霊写真や秘密結社など、オカルト的なモチーフも登場する日本初公開作品
ロンドンのテート・モダンやパリのポンピドゥー・センターなどに作品が所蔵され、国際的な評価を得ているウラ・フォン・ブランデンブルク。1974年、ドイツ・カールスルーエに生まれ、現在はパリを拠点に活動している彼女は、ドイツを代表する現代アーティストのひとりであり、ヴェネチア・ビエンナーレや横浜トリエンナーレといった国際アートフェスへの出展のほか、パレ・ド・トーキョーやデンマークのオーフス現代美術館など世界有数の美術館やギャラリーで個展を開催してきた。2024年は京都のヴィラ九条山にてレジデント・アーティストとして滞在制作を行っている。 そんなフォン・ブランデンブルクは、映像やドローイング、壁画、オブジェ、インスタレーションなど領域を横断した創作活動を展開することでも知られる。なかでも、映像やビデオはフォン・ブランデンブルクが作品制作によく用いる手法だ。その多くに心霊写真や、催眠術から精神分析への変遷、タロットカード、秘密結社などのモチーフが登場し、現実と仮想の境を曖昧にしていく。 そこには、19世紀末のフランスを起源にヨーロッパで興った象徴主義(サンボリズム)の影響を見て取れる。自然主義の反動から目に見えない世界や概念を視覚化した芸術運動で、詩、文学、音楽、絵画など広範囲に及ぶ。当時を代表する作家として、詩人のシャルル・ボードレールやポール・ヴェルレーヌ、アルチュール・ランボー、音楽の世界ではクロード・ドビュッシーやリヒャルト・ワーグナー、絵画においてはギュスターヴ・モローやグスタフ・クリムトなどが挙げられる。それらの作品には近代的な科学や機械万能主義への抵抗や反発が色濃く反映されており、内に秘めた苦悩や夢想を言葉や絵画を用いて象徴的に表現しようとしたのである。 フォン・ブランデンブルクは、この“見えないもの”への想像力を改めて受け入れることで、神秘主義的な側面や「総合美術(Gesamtkunstwerk)」が抱いた理想を現代に蘇らせたといえる。 今回、エスパス ルイ・ヴィトン大阪で展示されるのは、日本初となるふたつのビデオインスタレーションだ。 2作品のうちのひとつ『CHORSPIEL』(2010年)は、「垂れ幕」に投影されたモノクロのフィルムだ。スウェーデンの森で撮影されたワンショットの長回し映像には、パフォーマンス、演劇、絵画それぞれに特徴的な表現が活人画の形式で融合されており、さらにギリシャ悲劇のコロス(劇の状況を説明したりする合唱隊)の要素も加わる。そこに映る家族(!?)のやり取りは、まるで死者との交信、あるいはあの世とこの世をつなぐ境界でのひと時のようにも思える。 白と黒のコントラストが際立つ抽象画が描かれた「垂れ幕」は渦巻状になっており、観客はそのなかを進んだ先で映像を見ることになる。風でかすかに揺れる垂れ幕が、映像作品そのものが持つ「不安定さ」や「不気味さ」、神秘的な世界観を、いっそうに助長するのである。 映像を見終え、渦巻き状を遡る帰路は、往路と違う世界かのように感じられるから不思議だ。それはまるで、彼岸から此岸へと帰還するような──。