「心の奥底がざわざわする」“見えないもの”への想像力を掻き立てる、ドイツ人アーティストの展覧会が開催中
ル・コルビュジエの「サヴォア邸」で撮影された無声映画
「垂れ幕」はフォン・ブランデンブルクの作品に繰り返し登場する要素だ。劇場から本物の緞帳を借りてきて舞台に取り付けたり、色とりどりのキルトを使用したりとさまざまだ。ドイツのハンブルク美術大学に進学する前に舞台美術を学び、いまなお演劇の世界に強い愛着を持つ彼女が用いる「垂れ幕」は、彫刻と絵画の性質を併せ持つ。そして、展示空間をかたちづくったり区切ったり、時に映像が投影される空間へ導く通路としての役割にもなる。 もうひとつの『SINGSPIEL』(2009年)は、18世紀後半のドイツで上演されていたオペラの形式を参照した無声映画にフォン・ブランデンブルク自身が歌う2曲が組み込まれた作品。ル・コルビュジエが手掛けた名作「サヴォア邸」で撮影されたもので、全長62mもの垂れ幕と映像で構成されている。 フィルムには、さまざまな年齢層の人々が集う家族の食事風景や、野外劇場での奇妙なパフォーマンスが描き出されるが、観客がその場に居合わせているかのようなモキュメンタリーの手法で、カメラは建物の中を移動していく。この主観的な映像は、「垂れ幕」の中を迷路のように進む我々自身の意識を顕在化させ、錯覚させるような効果を生んでいる。 また、会場でビデオインスタレーションの前に置かれた椅子は、実は映像の中で使われているのと同じもの。それに気づいた瞬間に、映像の世界を擬似体験するような、メタ認知を呼び起こすような不思議な感覚に陥ることだろう。 今回の展示は、現代アートとアーティスト、そしてそれらのインスピレーションの源となった重要な20世紀の作品に特化した芸術機関である「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」が、所蔵コレクションを公開する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として行われている。 かつて近代化の中で見過ごされてきた、あるいは抑圧されてきた根源的な要素にも光を当てた本展。ウラ・フォン・ブランデンブルクの世界観を存分に体感できるまたとない機会なので、ぜひ訪れてほしい。
文:Pen編集部