なぜリオ五輪金メダリストは号泣棄権したのか?
女子レスリングのリオ五輪48キロ級、金メダリスト登坂絵莉(24、東新住建)を囲んで、翌日の準決勝、決勝への意気込みを聞いていたとき、栄和人・日本協会強化本部長が「絵莉」と声をかけた。「はい」と答えた登坂に、栄氏は「棄権しよう」と言葉を続けた。 涙声で「すみません」と続ける登坂に栄氏も涙ぐみながら、「頑張ったな。登坂があそこまで頑張ったのも分かってるから。俺がストップするよ」と語りかけた。 リオ五輪で先輩の吉田沙保里が決勝で負けたとき、声を上げ涙でゆがんだ顔を隠さず子供のような泣き方をしていた登坂は、今回は、ときどき顔を覆いながら、それでもやはり子供のように全力で泣き声をあ げた。 東京・駒沢体育館で開催されている天皇杯全日本レスリング選手権は、翌年の世界選手権日本代表選考の第一次にあたる大会だ。この大会と、来年6月に行われる明治杯全日本選抜レスリング選手権大会の2大会の結果から代表が決まる。2017年の全日本は、リオ五輪金の登坂が、久しぶりに日本代表を争う場所に戻ってくることが最も注目を集めていた。 リオ五輪後の登坂は、以前から傷めていた足の治療に専念していた。 1月には「歩くだけでも痛い」原因となっていた左足親指の内視鏡手術に踏み切った。当初、3ヶ月程度で復帰できる見込みで いたが、デリケートな箇所だったため予想外に回復に時間がかかり、世界選手権連覇のチャンスを見送った。 登坂がリハビリに専念している間に、女子レスリング最軽量級には新しい世界チャンピオンが日本から誕生した。伸び盛りの安部学院高校3年生、須崎優衣( 18、JOCエリートアカデミー)は、足を止めずに矢継ぎ早に攻め続けるスタイルで世界女王となった。その約1ヶ月後、登坂は静岡・三島で開催された女子オープン選手権で公式戦に復帰し優勝した。 「試合に出ない時間が長くなって、久しぶりに試合をすると、はやる気持ちが高まりすぎたりするところがあったり、勘が戻らない感じはあります」 金メダリストらしい強さを求めるからだろう、 復帰を振り返る登坂の言葉は、まだまだ自分には足りないところがあるという厳しいものだった。 とはいえ、栄氏も「頭のいいレスリングをする」と賞賛するほど、試合展開の巧みさは群を抜いている。12月の全日本選手権で実現するだろう五輪金メダリストと新世界女王との対戦はきっと、近年まれに見る好勝負になると期待が高まった。