なぜリオ五輪金メダリストは号泣棄権したのか?
全日本レスリング選手権3日目、登坂と須崎が出場する女子50kg級のトーナメント が始まった。来年からの国際ルール変更にあわせ、今大会から、試合当日朝に計量し、1回戦から決勝までを2日間に分けて実施する進行になった。そのため、第2シードの登坂は、もともとトーナメント1日目には 2回戦の一試合しか予定がなかった。その唯一の試合が始まると、会場中の視線が登坂のマットに集まった。 タックルで先制した登坂だったが、その先が違っていた。得点すると次は失点する、を繰り返した。これほど失点する姿は、いつ以来だろう。 無駄な失点がほとんどなかった最近のイメージからはほど遠い。第2ピリオド、試合終盤にさしかかる頃に4-4と並ばれると、試合を見ていた登坂の後輩が「いやいやいや!」と叫ぶほど、不安定な姿だった。それでも試合終了間際、もつれたところから得点に結びつけ、7-4の判定勝ちで準決勝進出を決める試合巧者ぶりは健在だった。 その試合後、左足の膝と足首をアイシングした姿で現れた登坂は、予想される須崎との決勝戦について「まだ準決勝があるのでわかりませんが、メリハリのあるレスリングをしたいと思います。練習もしてきましたし、試合に出た以上はケガの状態というのは関係ないと思うので、そこに関しては特に問題はないと思います」と優勝を目指す内容の言葉を続けていた。そこへ、冒頭のように栄氏があらわれ「絵莉、棄権しよう」と呼びかけたのだ。 その左足は、世界の頂点を目指すハイレベルな争いをするに耐えられる状態ではなかった。10月中旬、ナショナルトレーニングセンターでの合宿中、スパーリングで首を抱えられ、まわされるのをこらえたとき、左膝と左足首のじん帯を傷めていた。 栄氏が、ケガをした状況を振り返る。 「すごい音がしたんだよ。じん帯が切れたかもしれないと思ったけれど、調べたら切れてはいなかった。これは時間がかかるだろうなと思っていたけれど、登坂は、どこまでできるか挑戦したいという気持ちが強くて、話し合いをして全日本選手権に出ることにした。でも、左足首はとくに試合に耐えられる状態ではなかった」 足の状態は登坂自身が考えていたよりも回復しておらず、得点するが失点する、というパターンが繰り返される不安定な試合になった。 「悪い方の足をとられたら我慢できないですね。登坂は気持ちが強くて、レスリングに対する志が高いから、大会に出るからには最後までやるつもりだったと思う。計量を通過したからには全部、やりきりたいと考えていたんだろう。でも、これ以上試合をさせて接戦を繰り返させたら、もし勝てたとしても、かなりのダメージを受けて次の目標を目指すのが難しくなってしまう。本人の気持ちを考えると苦渋の選択でしたが、ここは監督の判断で棄権にしました」 栄氏が苦渋の選択となった理由を説明した。