「世界王者なんて無理」「まだプロになれないの?」“ボクシング未経験”からの逆転人生…川嶋勝重はなぜ大橋ジム初の世界王者になれたのか?
大橋ジムの快進撃が止まらない。これまでに輩出した男子世界チャンピオンは5人。現在は井上尚弥、井上拓真、武居由樹の3人の世界王者を抱え、他にもチャンピオン候補が数多く在籍する日本でも有数のボクシングジムだ。そんな大橋ジムも、最初から名門だったわけではない。大橋ジム初の世界チャンピオン、川嶋勝重。彼の存在がなければ今の大橋ジムはなかった。“ラストサムライ”と呼ばれた川嶋とは、どんなボクサーだったのだろうか。(全2回の1回目/後編へ) 【衝撃写真】「あの徳山昌守をKO」「大流血の防衛戦も…」川嶋勝重の現役時代。井上尚弥17歳の“エグい右”や「ネリがグシャリと崩れ落ちた」衝撃KOの決定的瞬間も一気に見る(全50枚)
「世界チャンピオンなんかなれるわけないだろ」
すべての始まりは川嶋ですよ――。 大橋秀行会長がそう言い切る川嶋勝重とは、1994年に産声を上げた大橋ジムの創生期を支えた元WBCスーパーフライ級チャンピオンだ。川嶋がジムに入門したのが95年のこと。ジムと川嶋の成長はピタリと重なる。 高校を出て就職した川嶋は、千葉県内にある東芝の工場に勤務し、「3交代勤務の流れ作業。顕微鏡でコンピュータの基板を検査したり」という毎日を送っていた。だが、20歳だった95年1月にWBCジュニアバンタム級(現スーパーフライ級)王者、川島郭志の防衛戦を観たことで人生が変わった。 「川島郭志さんの前座で小中学校の同級生のデビュー戦があったんです。急に連絡が来て『プロボクサーになってデビュー戦が決まったから応援に来てよ』と。横浜文化体育館まで、20人くらいで応援に行きました。それで初めて生でボクシングを観て、郭志さんの世界戦に感動して、ボクシングをやってみたいと思ったんです」 会社に「辞めたい」と伝えたら、部長と課長に反対された。「お前、いまからボクシングやって世界チャンピオンなんかなれるわけないだろ」――安定した職場を捨ててチャレンジするようなことか、という意味だろう。当然のように両親も反対したが、川嶋の決意は固かった。 「『世界チャンピオンになれないなんて分かってます。ただやってみたいんです』とバッグ一つで横浜に出てきました。正直に言えば『日本ランカーくらいになれたら、地元に恥ずかしくなく帰れるかな』くらいの気持ちでした。結果、世界王者になれたんですけど、本当に人生、何が起きるか分からない。東芝だって、今みたいになるなんてまったく想像できなかったですから」
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