娘を洗脳するためには、母は不幸でなければならない。親が子供を操るために仕掛ける罠の正体とは?
■母の操作に見る政治性 では母と娘はどうなのだろう。そこに介在するのは、暴力といったあからさまな力の発露ではない。殴られれば血が出るしあざもできる。ところが母は自分がかわいそうな存在であることを示し、「あなたのために」という自己犠牲を盾にして娘に罪悪感を喚起し、そんな私が生きていていいのだろうかと思う娘を自分の保護者・庇護者として生きるように操作するのである。そのために、繰り返し次のような言葉を注ぎ込み、一種の洗脳的効果をもたらす。 小学校の成績表を見ながら、「ふつうでいたらだめなの、人よりすぐれてないと生きている意味はないのよ」と語る。会社の異性の同僚から交際を申し込まれて浮き浮きしていると、すれ違いざまに「どうやったってあなたは幸せになんかなれないんだから」とつぶやかれる。家事を手伝おうとすると必ず「お母さんがいないと何にもできないのね」と軽蔑した目つきをされる……。 一度ならずもこのような言葉が投げかけられれば、娘たちはそのとおりに信じるだろう。仮に反論しようものなら「親だから言うのよ、他人は言ってくれないんだから」と返される。自分を産んでくれた母が言うのだから間違いはない、ある時まで娘たちは母の言葉を真実と思って成長する。なぜそこまでやすやすと信じ込むのかと疑問をもたれる方には、こんな言葉を紹介しよう。 「ほんとうはね、パパと別れたかったの」「だまされたようなもんなのよ、あの人は全部結婚前の約束を破ったんだから」「子どもなんか欲しくなかったのに、無理やりされて妊娠しちゃったのよ」「あ~あ、◯◯さんと結婚しとけばよかった、そうしたら今ごろこんなみじめな生活送ってないわ」。 最終兵器はこうである。「子どもがいたから別れられなかったのよ」「あんたさえいなかったら今ごろは……」 娘に対する洗脳を成功させるためには、母は不幸でなければならない、カルトの教祖になるには受苦的存在であることが必要であるように。こんな苦労をしてきた、そこから逃れられなかったのは娘の存在があったからだ、という論法には、苦労をさせた夫(娘の父)こそ真犯人であるということが暗に示され、夫を共通の敵とする同盟に加わるしかないとされる。かつてはそこに姑が位置していたのだが、団塊世代は核家族を形成しニューファミリーを目指したために、夫がターゲットへと押し出されたのである。 母は家族における力関係をこのように巧みに操作し、自らの不幸を誇示することで娘たちを同盟軍に仕立て上げて、経済力をもたない非力さをカバーしたのである。これこそ最強のポリティクスといえよう。女性のほうがはるかに政治家に向いていると思うのは、娘たちの言葉から母たちのこのような操作性と権力性を知るときである。
信田さよ子