<わたしたちと音楽 Vol. 44>松尾潔 音楽が与えてくれた、新しい視座と社会の希望
音楽を通して出会った、支配される側の物語
――日本の中でも、松尾さんのご出身地である九州はジェンダーギャップ指数が高い(男女格差が大きい)地域だと言われています。そのような環境で特権的とも言える健康な男性として生まれ育ちながら、ジェンダーギャップについても関心を持つようになったのはどうしてなのでしょうか。 松尾:人の精神性を育むものは、生まれた家や就職した会社のような器だけじゃないと思うんです。育った環境がどうであれ、成人したあとでも自分に気付きを与えてくれる人との出会いはたくさんあるはずです。僕の場合は、父親が好きだったジャズからソウル・ミュージックに辿り着き、その当時一番新しい音楽と言われていたヒップホップと出会い、アフリカ系アメリカ音楽全般に興味を持つようになりました。いつしかそれが仕事になり、さまざまな立場の人と対話を重ねるうちに、背景にどんな歴史や人々の思いがあるかを知り、思いを馳せるようになった。自分は日本に暮らす日本人男性で、結婚して子供もいて、時には「リア充」なんて言われることもありますけれど、音楽を通して虐げられてきた人や支配される側の眼差しをずっと想像してきたんです。 ――なるほど、音楽を通して社会への視点も変わっていったのですね。 松尾:僕の場合はそうですね。でも今の日本は、僕がジャーナリストとしてアーティストの政治観を記事にできなかったあの頃からあまり変わらないかもしれない。ある日、哲学研究者の佐々木中さんがXで「『音楽に政治を持ち込むな』の連呼の果てに『音楽に最悪の政治を持ち込んでしまった』ということ」と呟いていたけれど、日本人のアーティストが侵略や虐殺を指示した人物をモチーフにしたMVを作って炎上するような出来事が発生するのも、まさに社会への視点を排除していった結果ですよね。僕は基本的に楽観主義者ですが、「音楽に政治を持ち込むな」という考えは、この国が国際競争力を失っていくことと繋がっているのでは、と思っています。