ヴェルサーチェが定義する現代的な男性の力強さ──プリンスのために仕立てられたアイテムの進化形【2024年秋冬コレクション】
2024年2月23日(伊現地時間)、ヴェルサーチェの2024年秋冬コレクションがミラノ・ファッションウィークで発表された。ショーの前日、クリエイティブ・ディレクターのドナテラ・ヴェルサーチェは、ブランドが描く新しい男性のあり方について語った。 【写真を見る】プリンスに着想を得たヴェルサーチェ2024年秋冬コレクションのルックをチェック! ドナテラ・ヴェルサーチェが入ってきたときの、その部屋の空気の変わり様といったらない。その日の彼女はブリーチした明るい髪をなびかせ、2月というにもかかわらず、8月の陽気を思わせるこんがりとした小麦色の肌を見せていた。小柄な彼女を実際の何倍にも大きく印象づけていたのは、その存在感である。一つには、いずれもブラックの、高さ15センチのプラットフォームブーツとパワーショルダーのジャケットのせいもあったのかもしれない。しかしいちばんの理由には、今のヴェルサーチェがこれまでになく力強い礎の上に立っていることが挙げられるだろう。キャリアの晩年に差し掛かったレジェンドは、歩を緩めることなく今という瞬間をつかみ取った。 その日の朝、ミラノの街は気の滅入るような濃霧に包まれていた。しかし、ヴェルサーチェのオフィスに入るとそんなことは忘れてしまう。モダンな10階建てのオフィスは床に大理石が敷き詰められ、白いソファにはゴールドの「メドゥーサ」スタッズがあしらわれていた。エスプレッソマシンの操作を担当する男性だってセクシーだった。言うまでもないことだが、極めて“ヴェルサーチェ的”な光景である。その日は、2024年秋冬ショーを翌日に控えたドナテラが、少数のジャーナリストに恒例のプレス向けプレビューを催す日だった。彼女が白いソファに腰掛けると、助手がマイクを手渡した。「最近世界で起こっている様々な恐ろしい出来事のせいで、私たちが前へと進むために勇気が要るようになりました」と話した彼女は、「連帯から生まれるポジティブな」メッセージを打ち出したいと付け加えた。 ドナテラは今でもショーの前には不安を感じると言う。自信家で知られる彼女の評判からすると、意外な発言である。兄ジャンニによって創業した1978年以来、ヴェルサーチェは豪奢でセクシー、かつ堂々とした服を作り続けてきた。ジャンニが銃撃されて亡くなった1997年以降、ドナテラはブランドを率いる立場となった。世界は様々な面で変化を遂げていき、その途上でヴェルサーチェも流れに適応してきた。それを可能にしたのはドナテラの柔軟な価値観だったが、それでも彼女はブランドの核となる部分を捨て去ることはなかった。ほかのメンズテーラリング同様にシェイプを変えていったヴェルサーチェのスーツだが、いちばんのスタイリングは艶のあるローファーと、前を大きく開けたシルクシャツとの組み合わせであることは今でも変わらない。その情熱的なデザインの個性が揺らぐことはなかったのである。 ■ファッションには人を鼓舞する力がある 今のヴェルサーチェを誰もが愛してやまないが、皆が特に惹かれているのがドナテラその人だ。彼女はいつだって、セレブリティ・カルチャーと深い関係にあった。2023年のアカデミー賞授賞式の数日前にロサンゼルスで開催されたヴェルサーチェのランウェイショーは、そんな彼女にとってもターニングポイントだったという。錚々たるハリウッドスターが列席したそのショーは一大スペクタクルだったが、パワー感のあるテーラリングを今風に再解釈したという意味で、彼女の最近のコレクションのなかでも特に評価が高いものとなった。ドナテラのことを「DV」と愛称のイニシャルで呼ぶ仲の元NBA選手ドウェイン・ウェイドは数カ月前、私との会話のなかで彼女のことを「アイコニック」な人物だと賞賛した。 また、Z世代のファッション好きにとってドナテラ・ヴェルサーチェほどビッグな名前もない。90年代の快楽主義的なスポーツウェアに憧れを抱く彼らにとって、ドナテラは神のような存在なのだ。ラグジュアリー専門のヴィンテージショップ「James Veloria」がロサンゼルスでオープンしたとき、店内のラックには90年代から2000年代にかけてのヴェルサーチェが150点も在庫していた。ニューヨークのダウンタウンでは、ヴィンテージアイテム・ディーラーのエマ・ローグがメドゥーサロゴの入ったダメージデニムをあちこちで身に着けている。昨年ドナテラの招待でミラノのショーに出席したローグだが、最近私と話したときにも「彼女のことを尊敬している」と言っていた。 ファッションには人を鼓舞する力があると、いつだって理解してきたのがドナテラだ。そして今シーズン、彼女はその力を“洗練”に見出した。「このコレクションでの男性像は守護者のようなもの。彼は何かを守る人物なのです。それが私の願いです」と、彼女は話した。ドナテラは自身のオフィスに、前に5つのボタンの付いたグレーのジャケットを着たモデルを呼び寄せた。肩は幅広く、ウエストは細い。すぐ近くにあったムードボードに、似たようなシェイプの赤いコートを着た歌手プリンスの写真が貼ってあったが、これは偶然ではなかった。ソファに座ったドナテラは、コレクションの男性像は「内気な天才」であり、グレーのジャケットは彼女がブランドのアーカイブから見つけた、90年代にプリンスのために仕立てられたアイテムを進化させたものだと説明した。「新しい男性像といえば、まず思いつくのがプリンスなのです」と、彼女は話した。 これはとても現代的な発想に思えた。ドナテラは、軽薄なセックスシンボルである“ヒンボー”(himbo=ルックスは魅力的だが、中身は空っぽだとされる女性を指す「bimbo」と男性を意味する「him」を合わせたかばん語)のイメージと決別しようとしているのだろうか? 彼女がコレクションをざっと説明しているとき、例えばフロリダの海岸で腹筋を見せつけながら身に着けるような、セクシーなビーチウェアは確かに見当たらなかった。その代わりに目に留まったのは、例えばブランドのアトリエでエッジにペイントを施した、ゴージャスな赤いカーフヘアーのコートなどだった。「これが本当のラグジュアリーだと、私たちはよく話していました」と、ドナテラは話した。また、彼女が「高額になる」と言うブラウンのツイードコートや煌めくブラッククリスタルが刺繍されたジャケットにも、同じように細やかな手仕事が注がれているのは明らかだった。現代の“ラグジュアリー”とはその服に内在する価値でなくてはならない、というのがドナテラの意見であり、これは高い品質になら大枚をはたいてもいいというメンズウェアの新しい顧客層とも合致する方向性である。 とはいえ、ヴェルサーチェの現在地を示す決定的なステートメントは、至るところで登場したプリンスのイメージにあったのではないだろうか。これまでは他ブランドと較べても伝統的な価値観でジェンダーの差異に接してきたヴェルサーチェだったが、本コレクションにはぴったりとしたタイツとバレエシューズを着用した男性や、タイトな乗馬パンツに太ももまで伸びたレザーブーツという出で立ちの男性もいた。前ボタンを多く備えたスーツには長短いくつかのバリエーションがあり、どれも着用者の背丈を高く見せる効果が狙われている。ドナテラによれば、それはプリンス本人の要望でもあったという。90年代のヴェルサーチェに多大な注目が集まる今、よりかっちりとした仕立てで蘇ったこのシルエットは、当時のほかのどのスタイルよりも現代らしさを感じさせる。 ■プリンスが象徴する現代の男性像 ファッションのムードボードにおいてプリンスの姿は珍しいものではないが、ドナテラの場合、ふたりの間には特別な関係性があった。それでも、彼女が彼を気軽に引き合いに出すことは最近ではなかったように思える。「私は多くのアーティストや一般人と会ってきましたが、私の心を掴んだのはプリンスだけでした」と、彼女はプレビューの最後に言った。ふたりは親友同士であり、彼はドナテラに会うためにミラノをたびたび訪れたという。「彼はよくここに来ていました。誰にも知られずにね」。彼女は長年、自身に影響を与えたアーティストとして、1996年にヴェルサーチェの広告キャンペーンに登場したプリンスの名を挙げてきた。その後のメールでのやりとりで、彼女はなぜ2024年の今、彼がひときわ重要な存在となっているのかを説明してくれた。「力強いルックとアティチュードで、世間の目には積極的かつ社交的な人物に見えたかもしれないが、実際には服を鎧として用いながら内気な性格をエンパワーしていた」というのが、ドナテラから見たプリンスなのだという。 「内気」という言葉ほどヴェルサーチェに似つかわしくない言葉もない。しかしドナテラは、自身のキャリアを通して、いかにヴェルサーチェの男性像を塗り替えてきたかという点を特に誇らしく思っていると語った。「男性たちを、より洗練された美意識に立ち返らせたということをとても誇りに思っています。自信があり、力強く、派手なことに変わりありませんが、より知的な方向性でね。その男性は、外面的なアピールではやや控えめではありますが、自身の身体に対してより意識的で理知的な接し方をしているのです」 そう話すドナテラも、昔ながらのヴェルサーチェらしい華やかさには抗いきれないでいるようだ。ランウェイのモデルたちが纏うジャケットやコートからは、ブランドシグネチャーである装飾的なパターンを施したシルクの裏地がちらりと見えたことだろう。彼女は、そのさまに現代的な力強さが象徴されていると話す。「それは着た人が肌で感じるものですが、外へ向けてあからさまに見せつけるものではないのです」 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama