原体験は「高校生での闘病」。伊藤忠・岡藤CEOが浪人を経て東大、伊藤忠に入るまで
「スランプの時は先を見ない。目の前のことだけをやる」
さて、伊藤忠の商売心得に戻る。 岡藤は新人時代、スランプに陥っていた時がある。受け渡しになって4年目の時だった。 「いったい、いつまでこの状態が続くのか」と悩み、毎日がつらかった。そんな時、取引先のあるラシャ屋の番頭から「先を見たらダメや」と忠告され、それで目が覚めたという。 岡藤は思い出しながら言った。 「取引先のラシャ屋さんに村上さんという番頭さんがおりました。本当に苦労した方でね。僕が夕方にその会社へ行ったら、『一杯、飲みに行こか』と。その会社は交際費を使うような会社じゃないんですよ。そんな予算はない。接待もしないし、商社の人間と酒を飲むこともほとんどしない。それなのに、村上さんは僕が悩んでいるのを見て、何かアドバイスしたかったんでしょう。 村上さんはまず、自分の仕事を話すわけです。 ──うちには年に2回、英国製の反物(生地)が届く。春夏物と秋冬物。そうすると、社内に反物が山積みになる。それを全国のテーラー向けに1着分ずつに裁断して発送する。反物はひとつで巾150㎝、長さ60メートル。 1反でスーツが20着。それを毎日、夜中の2時までかかって裁断して、送り状、売り上げ伝票を入れて包装して、送り出す。小さな会社やから残業しても、金はもらえない。素うどんが一杯出るだけや。とにかく毎日、面倒くさい、 嫌な仕事だ。でも反物の山を見ずに、もくもくと作業に打ち込んだ。10日間も経つと山のようにあった反物が、かなり小さくなっている。 そう言いながら村上さんはため息ついて、僕に言うわけや。 『岡藤さん、いろいろあるけど、先を見たらあかん。今は辛いだろうけど、与えられた仕事をやっとくしかない』 僕がその時に思ったのは悩みのある時は先を見ないこと。ただひたすらに、今、自分が向き合っている仕事をこなす。そうすれば必ず先が見える時がくる。スランプに陥った野球選手は無心に素振りをする、あるいはノックする、あるいは走る。プロゴルファーもそう。無心に何も考えずに球を打つ。 営業パーソンはスランプに陥ったら、とにかくお客さんのところに行け。それしかない。 山を登る時も初めから頂上を見てると嫌になる。足元を見てこつこつ行く。そうして、あるところまで来たら上を見る。そういうことじゃないかな」