蜜入りリンゴがおいしい理由は「蜜が甘いから」ではない?
『趣味の園芸』の連載〈魅力と戦略 植物がつくる「化学」のふしぎ〉。植物細胞工学研究者のアキリ亘さんが、物質の働きに注目して、植物のふしぎな生態を解き明かします。11月号掲載の第20回「蜜入りリンゴがおいしい理由」より、一部を抜粋して紹介。 みんなのリンゴの写真 * * * これからはリンゴがおいしい季節です。リンゴの代表品種といえば ‛ふじ'です。‛ふじ'は国内だけではなく、世界で一番生産されているリンゴ品種として有名です。‛ふじ'は蜜が入ることでもよく知られていますが、‛ゴールデンデリシャス' や ‛陸奥(むつ)ʼ のように、ほとんど蜜が入らない品種もあります。蜜の入りやすさが品種の優劣を決めるわけではありませんが、特に日本ではおいしいリンゴのしるしとして、昔から蜜入りが喜ばれます。今回はその科学的根拠についてご紹介します。
蜜の正体
蜜入りリンゴの断面は、果実の中心が透明で黄色っぽく、まるで蜂蜜が詰まっているように見えます。これは、果肉の細胞と細胞の間が水分で満たされているためです。逆にそのほかの部分は、細胞と細胞の間に空気があるために光が乱反射し、白く見えます。透明な石けん水を泡立てると白く見えるのと同じです。蜜の部分には、それ以外の部分よりもソルビトールという糖の一種が多く含まれています。これを聞くと、「糖の一種であるソルビトールが甘いから蜜入りリンゴは好まれるのだろう」と思うかもしれません。しかし、じつはソルビトールはそれほど甘い糖ではありません。私たちがふだん料理に使っている砂糖(ショ糖)の甘さを1.0とすると、ソルビトールの相対的な甘さは0.6程度です。蜜の部分はそれほど甘くないのです。蜜入りリンゴが好まれる秘密は甘み以外にあります。
なぜおいしいか
その秘密は香りです。蜜入りリンゴでは、香り成分が蜜入りでないリンゴよりたくさん含まれているのです。香りの正体は酪酸エチルやカプロン酸エチルなどの揮発性のエチルエステル類です。酪酸エチルはパイナップルやバナナなどにも含まれる果物特有の香り成分、カプロン酸エチルは吟醸酒の香り成分でもあります。いずれも多くの人が好む心地よい香りがする物質です。これらの香り成分によって蜜入りリンゴの風味が豊かになり、嗜好性が高まるのです。
アキリ亘(あきり・わたる) 植物細胞工学研究者 神奈川県生まれ。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 上級研究員。NHKラジオ「子ども科学電話相談」の回答者を務める。 ●『趣味の園芸』2023年11月号 「植物がつくる「化学」のふしぎ」第20回より