映画『オークション ~盗まれたエゴン・シーレ』25年1月に公開へ。ナチス略奪品をめぐる人間模様描く
ナチス略奪品のひとつだったエゴン・シーレの絵画《ひわまり》をテーマにした映画『オークション ~盗まれたエゴン・シーレ』が、2025年1月10日よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国ロードショーされる。 ナチス・ドイツは1933年から第二次世界大戦終結まで、ナチス・ドイツは芸術保護の名目で、欧州各地で60万点もの絵画や彫刻などを略奪した。いまも行方がわかっていない作品の数は10万点とも言われている。 この作品の真の主役はミュルーズ郊外の一軒家で長らく煤にまみれながら、ひっそりと長い年月を過ごしていたエゴン・シーレの《ひまわり》だ。 ウィーンにほど近いトゥルンで生まれたシーレは15歳のとき、最大の理解者であった父が精神病を患い死去し、その喪失感を埋めるように自己肯定のために多くの絵を描き、最初の自画像集をまとめた。1906年に本格的に美術の門を叩き、16歳という若さでウィーンの美術アカデミーに入学。翌年には同じくウィーン世紀末美術を代表する存在である グスタフ・クリムトと出会い、大きな影響を受けた。 しかしシーレは1909年に美術アカデミーの旧制度に反発して自主退学し、友人らと「新芸術家集団」を結成。ミートケ画廊で最初の展覧会を開催した後に集団を離れ、クリムトの装飾的で耽美な作風とは異なる独自の裸体画を模索していった。1915年にはエディット・ハルムスと結婚するも、まもなく徴兵。戦地から戻ったのちに多数の美術展に出品するも、18年にエディットがスペイン風邪で逝去。シーレもその2年後、28年という若さでこの世を去った。 本作でフォーカスされる《ひまわり》は、シーレが1914年に描いたもので、ゴッホの「ひまわり」を自分なりに解釈した1枚。発表当初はグザヴィエ・グミュール夫人が3000フランで購入したが、第一次世界大戦の勃発によってシーレへの支払いが遅れたため、ユダヤ人コレクターのカール・グリューンヴァルト(Karl Grünwald)が所有することとなった。1938年まではグリューンヴァルトが所有していたものの、ナチスが没収。その後、長らく行方不明になっていた。2006年にはグリューンヴァルトの相続人に返還され、同年、クリスティーズのオークションによって1176万8000ポンド(当時)で落札されている。 1枚の絵が戦争を経てたどった数奇な運命。この映画は上記の実話に基づき構想されたフィクションで、じつにテンポ良く話が展開される。 監督はフランス・ヌーヴェルヴァーグの中心的存在のひとりだったジャック・リヴェットやフランスの名匠アンドレ・テシネ、南米を代表するラウス・ルイスらの脚本を数多く手がけたパスカル・ボニゼールだ。またオークションハウス「スコッティーズ」のオークショニアで《ひまわり》の競売に奔走するアンドレ・マッソンに扮するのは、小説家・映画監督としての肩書も持ち、お笑いタレントとしても絶大な人気を誇るアレックス・リュッツ。 その脇を、アンドレの元妻で仕事のパートナー・ベルティナ(レア・ドリュッケール)、アンドレに絵の鑑定を依頼するシュザンヌ・エゲルマン弁護士(ノラ・アムザウィ)、そして競売会社で研修中の若い女性・オロール(ルイーズ・シュヴィヨット)らが固める。そして何より重要なのは、《ひまわり》を自宅で「発見」した30歳の純朴な工員・マルタン・ケレール(アルカディ・ラデフ)の存在だろう。アートマーケットが設定する高額な価格とは異なる価値観を持ち、作品に誠実に向き合う姿が、この作品を清々しいものにしてくれている。 あらすじ パリのオークション・ハウスで働く有能な競売人(オークショニア)、アンドレ・マッソンは、エゴン・シーレと思われる絵画の鑑定依頼を受ける。シーレほどの著名な作家の絵画はここ30年程、市場に出ていない。当初は贋作と疑ったアンドレだが、念のため、元妻で相棒のベルティナと共に、絵が見つかったフランス東部の工業都市ミュルーズを訪れる。絵があるのは化学工場で夜勤労働者として働く青年マルタンが父亡き後、母親とふたりで暮らす家だった。現物を見た2人は驚き、笑い出す。それは間違いなくシーレの傑作だったのだ。思いがけなく見つかったエゴン・シーレの絵画を巡って、さまざまな思惑を秘めたドラマが動き出す…
文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)