「東海道五十三次」完成400周年―“箱根発” 歌川広重の55の名画と旅する東海道
ここに注目(3) 旅の楽しみ、グルメ&特産品も
旅の大きな楽しみの一つは、土地土地の名物を食すること。それは今も昔も変わらない。江戸時代、名物グルメは茶屋で供され、滋養があり、腹持ちのいい団子や餅、うどんなどが好まれた。
『東海道五十三次』の中にも、各地を代表する名物の情報が盛り込まれている。 「草津 名物立場」に登場するのは「姥(うば)が餅」。乳房のような形の餡(あん)ころ餅だ。立場(たてば)とは、宿場の出入口や宿場と宿場の間に設けられた休憩所。戦国時代の1569年、織田信長に滅ぼされた佐々木義賢(よしかた)からひ孫を託された乳母が、郷里の草津に潜んで餅を作り、往来で売って養育費を得たのが始まりといわれる。
草津は日本橋で分かれた東海道と中山道が合流する交通の要衝。茶屋の前では、4人の人足が杖をつきながら、公家や武家などの荷を示す札を付けた大きな荷物を担いでいく。そこに5人がかりの早駕籠(はやかご)が猛スピードですれ違う。客は垂れ綱にしがみつき、振り落とされないよう必死だ。 続く大津宿で出てくるのが「走井(はしりい)餅」。走井とは「あふれ湧き出る清水」を意味し、1764年、茶店の軒端から湧く水を使って餡餅を作ったことに由来する。こしあんを薄い餅で包んだもので、平安時代の刀鍛冶がここで名剣を鍛えたという故事にちなみ、刀を模した形をしている。
一方、鞠子(丸子)宿では、弥次喜多を思わせる2人の客が名物「とろろ汁」を酒と共に楽しむ姿が描かれている。『東海道中膝栗毛』に出てくるエピソードに着想を得たのではないかといわれている。 「なぜか旅も終盤になるとグルメが増えてくるみたいですね~」 稲墻さんがクスリと笑った。 疲労回復に甘い物が食べたくなるその気持ち、自分にはよく分かるなあ。
各地の特産品も紹介されている。 鳴海宿(現在の名古屋市緑区)では、名物の有松絞(ありまつしぼり)を取り扱う商店が登場。のれんの先には、色とりどりの反物が並び、主人と思われる人物が客と商談中だ。店の前では、上品な着物姿の女性が駕籠に乗り、坂道を下りていく。有松絞を買い求めた帰りだろうか。観る者それぞれに物語を思い描かせる、“広重リアリズム”の真骨頂とも言うべき一枚だ。 「『東海道五十三次』は旅のガイドブックでもあったわけです。これも大ヒットした大きな理由でしょうね」と稲墻さんは締めくくった。