柴犬のルーツに出会う旅(3完)“柴の祖犬”の郷里に広がる日本の原風景
真っ白い洋犬がお出迎え
終点のバス停の直前で、車窓から白い洋犬を連れた2人の女性の姿が見えた。筆者は信州の山間地に住んでいるので、過疎の村で通行人を見つけるのがいかに難しいかを良く知っている。しかも、犬連れの人に出会えるとは超ラッキーだ。バスを降りて、すぐに2人に声をかけた。
『石』の飼い主だった下山信市さんの親族は、お孫さんの博之さんが健在で、今は益田の市街地に暮らしていることは知っていた。事前情報では、生家は空き家になっているとのことだった。「下山のおっちゃんですか? 知ってますよ。でも、板井川はずっと奥ですよ」。僕は、それでも歩いていくつもりだと伝えると、傍らの真っ白い洋犬を指して聞いた。「とてもきれいな犬ですね。種類はなんですか?」「ビション・フリーゼという犬なんですよ。このあたりにはまずおらんでしょうね」 2人は、近くに住む木原佳代子さんと娘の愛美さん。聞けば、ビション・フリーゼの福丸(1歳9か月)は、愛美さんと妹さんの2人の娘が嫁いだ大阪を木原さん夫妻が訪れた際に、ペットショップで一目惚れして連れ帰ったという。全国的にも飼育頭数が少ない珍しい犬種なので、おそらく二川の地に初めてやってきたビション・フリーゼだというのは本当だろう。一方、板井川にいた『石』という犬が現在の柴犬の祖犬だと言うと、「全然知りませんでした」と、二人とも驚いた様子だった。
石号の物語伝える真新しい看板
板井川へは山道をかなり歩かなければならないとのことで、結局、木原さん親子が車で案内してくれると申し出てくれた。ご厚意に甘えて、車で15分ほどだという『石』の生家を目指す。二川の集落から一山越えると、板井川の集落が見えてきた。その最奥近くに観光地にもなっている「双川峡(そうせんきょう)」という清流と滝のある渓谷がある。そして、双川峡入口の駐車場の先に、『石』の生家・下山家はあった。
高台にある石州瓦で葺かれた平屋建ての生家を見上げる場所には、<柴犬の聖地「石号の里」>と書かれた真新しい看板が立っていた。この看板は、河部真弓さん(本連載の第1回、第2回に登場)の「石州犬研究室」の監修のもと、地元自治会の手で筆者の訪問前日(9月21日)に設置されたばかりのものだった。 看板にはこう書かれていた。<ここは、現在の柴犬のルーツである石州犬「石(いし)」の出生の地です。高台にあるのが当時「石」が飼われていた下山信市さんのお宅です。昭和の初め「石」は猟犬として、この山野を自由自在に駆け巡っていました。その後、貴重な純粋日本犬として選ばれ、東京へ山出しされました。そして、良き雌犬や子孫に恵まれ数ある中から「柴犬の祖犬」となりました。一般的な柴犬には、全てこの「石」の血が流れています。>