柴犬のルーツに出会う旅(3完)“柴の祖犬”の郷里に広がる日本の原風景
日本犬と言えば、ほとんどの人は尻尾がクルッと巻いたつぶらな瞳の「柴犬」をイメージするに違いない。国の天然記念物であると同時に、国内の犬種別登録頭数は5位(1万1829頭=2017年現在)と、我々の生活に溶け込んだ存在だ。世界の代表的な犬種の中でもその遺伝子はオオカミに近いと言われ、野性味と愛らしさが同居した柴の人気は、世界中で高まっている。 【図】柴犬のルーツに出会う旅(1)絶滅した石州犬『石』 故郷で再び注目 その柴の系統図の頂点に立つ“伝説の犬”の存在をご存知だろうか? 島根県西部・石見(いわみ)地方の地犬である「石州(せきしゅう)犬」の石(いし)号だ。 これまで、柴の祖犬が『石』であることは、日本犬の保存に携わる関係者の間では知られていたが、一般にはほとんど周知されていなかった。その「知る人ぞ知る事実」が、最近、地元研究者らの手で発掘されている。それを聞いて、長年犬に関する取材を重ねている筆者は、いても立ってもいられず、日本犬のルーツを再発見する旅に出た。その記録を、3回にわたってお届けする。 第3回(最終回)では、石見地方の山村にある石号の生家を訪問。そこには、山と渓谷に囲まれた日本の原風景があった。
石号の里、旧「二川村」へ
島根県益田市美都町板井川――。『石』の生家の現住所だ。血統書に書かれている『石』が暮らしていた昭和11(1936)年当時の住所は、「島根縣美濃郡二川村字種ヶ山」。飼い主の名前は「下山信市」とある。
車を使ってピンポイントでそこへ行けば楽で確実だが、今回の旅は、なるべくローカルな公共交通機関と徒歩で行くと決めていた。『石』、そして、柴犬の故郷はどんな所なのか。今も昔のような山の暮らしが残っているのだろうか。それらを肌で感じるために、ゆったりとしたペースで場の空気を感じたかった。地域の人との偶然の出会いにも期待していた。 宿泊していた益田駅前から、二川(ふたかわ)行きの路線バスが出ていた。旧二川村の地名は、温泉施設や郵便局がある中心集落の通称として残っている。生家がある板井川地区はそのさらに奥だ。山道を小一時間ほど歩く覚悟を決めてバスに乗り込んだ。乗客は途中でお年寄りが2人乗降したほかは自分だけ。バスは山間地に向かって45分ほど走り、温泉施設の前にかかる橋を渡ると、この地方独特のオレンジ色の石州瓦(せきしゅうがわら)の民家が軒を連ねる二川の集落に入った。