米ソの雪融けから一転...大統領選で、民主党に勝利をもたらした「共和党のしくじり」
U2型機撃墜事件
アイゼンハワーもまた「2期8年」を務めあげることになりましたが、ポスト・アイゼンハワーを決める大統領選が行われたその年(1960年)、米ソの関係が致命的に悪化する事件が起こってしまいました。 それが「U2型機撃墜事件」です。 アイゼンハワーは、その右手でフルシチョフと固い握手を交わして世界に対して「雪融け」をアピールしながら、もう片方の手ではソ連に「U2(※3)」を飛ばす指示を出していたわけです。その「U2」が撃墜されたことで、パリで予定されていた米ソ首脳会談は中止、「雪融け」ムードは一気に終焉を迎えてふたたび米ソ関係に緊張が走ります。 [注釈] (※3)現在(2024年)でも現役の合衆国のスパイ機。成層圏(高度2万m)から高精細カメラで地上を撮影できる。
J・F・ケネディ登場
U2を撃墜したフルシチョフの厳重抗議に、アイゼンハワーは初めすっ惚けます。 「それは民間機か何かだろう。」 アメリカ合衆国とてバカではありませんから、こうした事態に備えてU2のパイロットには証拠隠滅用の爆破装置と自殺用毒薬が与えられていましたから、「どうせ何の証拠もない」と思ったからです。 ところが、実際にはU2型機パイロット、G・パワーズは証拠隠滅も図らず、毒薬も呑まず、おめおめとソ連官憲に捕縛されたばかりか、事の次第をべらべらと白状していたのでした。この曝露を受け、政府はもはや言い逃れが効かなくなり、開き直ります。 ──確かに偵察はしていたが、それがどうした!? 国家として当然の権利だ! しかし、時は大統領選挙の真っただ中。こうした共和党の"しくじり"が大統領選に悪影響を与えたことは否めません。 しかも、このときの大統領選は史上初めて「TV討論会(※4)」が導入されたことで有名ですが、これがケネディの勝利に一役買ったと言われています。 このときのTV討論会では、議論としては共和党候補のR・ニクソンの方が優勢であったにもかかわらず、民主党候補J・F・ケネディの方が見た目に若々しく(※5)端正な顔立ちで"TV映え"したことで支持が逆転しているためです。 [注釈] (※4)「TV討論会」が始まったことによって、以降、見た目が男前だとか服装のファッションセンス、候補の些細な失言・ちょっとした所作、その場の雰囲気など、大統領候補の一挙手一投足・一言半句が選挙結果を大きく左右するようになりました (※5)実際の年齢は、当時ケネディが43歳・ニクソンが47歳でわずか4歳差でしたが、ニクソンは前日まで選挙活動に邁進して疲労困憊していたのに対し、ケネディは前日を丸一日休養に充てていたため、精気みなぎりはつらつとしていました。 ------------------------------------------ 【歴史視点①】大統領選挙の結果は過去3年間の実績より最後の1年の成果に大きく左右される。最後の年に大きな成果を挙げれば現職が勝ち、失態を演ずれば負ける。 【歴史視点②】TV討論会が導入されて以降、このときの国民支持で大差を付けた方が当選確実となる。 ------------------------------------------