アングル:トランプ・ラリー24年版、投機の標的はユーロ 円全面安を抑制
Shinji Kitamura [東京 15日 ロイター] - 外為市場でドルの一人勝ちが鮮明になっている。トランプ次期米大統領の政策を先取りするかたちで投機筋が活発に動いており、対円では160円を再び視界に入れているとの指摘も聞かれる。一方で、トランプ氏が初勝利した2016年とは違い、今回、売りの標的にされているのは政治・経済不安が強いユーロだ。前回と違い円の総崩れは想定しづらい状況で、対円でのドル上昇力にも影響を与えそうだ。 <2016年と似て非なる動き> トランプ氏の優勢が目立った大統領選後、関税率の引き上げや積極的な財政政策などによるインフレ圧力の高まりを見越す形で、ドル買いが勢いを増している。主要6通貨に対するドルの値動きを示すドル指数は年初来高値を更新し、対円でも7月の日銀利上げ前水準である156円台へ、選挙後すでに3%強上昇した。 トランプ氏が前回当選を決めた16年11月のドルは、日本時間9日安値の101円台から、1週間後に109円台へ8%上昇した。トランプ氏の勝利が想定外だったこともあり値動きはかなり大きかったが、ドル高と米国の金利高、株高が急速に同時進行する「トランプ・ラリー」の大枠は、今回も変わらなかった。 ところが円を主軸にこれらの動きを見ると、別の側面がうかがえる。16年は日銀が1月にマイナス金利と長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を導入し、円は先安見通しが大勢だったこともあり、売りが激しく集中。選挙後2週間で11%安と、主要通貨間で突出して売られ、その下落率は次いで売られた豪ドルの倍近くに達した。 しかし今回、この1週間で最も大きく売られたのは、低金利の円ではなくユーロ。次がスイスフランで、円は英ポンドとともに、それに次ぐ下げにとどまった。16年の全面的な下げとは、かなり異なる動きを見せている。 <利上げ観測と介入警戒、心理的な歯止め> 日本の政策金利は現在0.25%と依然として主要国間で最低水準にあり、次いで低いスイスの1.0%と比べても4分の1でしかない。仮に追加利上げが行われても、4%台を維持している米国との差はあまりに大きく、金利差で見劣りする円が売られやすい状況は変わらない。 変わったのは、参加者の利上げに対する受け止めだ。日銀の植田和男総裁が10月の金融政策決定会合後の記者会見で、「時間的余裕」との表現を今後使わない考えを示し、それをタカ派的変化と受け止めた市場では、円が「いつ利上げがあってもおかしくない『利上げ通貨』との位置づけに変わった」(りそなホールディングス・シニアストラテジストの井口慶一氏)という。 主要国に逆行する利上げサイクル入りし、かつ円安も利上げ判断の一助になる可能性があるとすれば、これまでのように安易に円を売り込むのは難しくなる、との判断だ。 日本政府・日銀が過去最大の円買い介入に複数回踏み切った「実績」も、円安の抑止力となる。市場参加者が現時点で念頭に置く介入ラインは、38年ぶり高値となる160円の攻防が現実味を帯びた時点とする声が多く、心理的節目とされる155円を上抜けた後も緊張感はまだ乏しい。 しかし、介入判断見極めの難しさは、円売りに心理的な歯止めをかける。ある外銀幹部が解説する。「もしドルが数日で160円を超える急上昇となれば、過度な変動と見なされて介入が行われる公算は高い」。一方で「米金利の上昇を伴って緩やかに160円台へ達し、投機的な円売りもさほど積み上がっていなければ、行われるかは不透明だ」ともいう。 <世界経済の不透明感、円売り抑制> 英バークレイズの調査チームが、仮にトランプ氏の主張通り米国が関税率を引き上げたケースを試算したところ、実質国内総生産(GDP)に与える影響は、中国がマイナス2.0%、米国がマイナス1.4%、ユーロ圏がマイナス0.7%だった。「米国がすべての国に対する関税率を引き上げれば、すべての国で生産が減少する」という。 今回ユーロが大きく売られたのは、こうした懸念の高まりとともに、景気減速や政治的な不透明感が高まってきたことも要因だ。特にドイツでは、首相が意見の対立した財務相を解任して連立政権が崩壊し、来年2月に総選挙が実施される見通しになっている。 内外政治の不透明感を背景に経済指標の下振れも相次いでおり、ユーロは対ドルで1.05ドルを割り込み、1年ぶり安値に沈んだ。対円でも現在164円台と米選挙後は上値の重い展開で、7月につけた最高値174円には遠く及ばない。 トランプ次期政権が矛先を向ける中国が大幅な景気減速に陥れば、その影響は多くの国に伝播する。トランプ氏が対中強硬派で知られるマルコ・ルビオ上院議員を国務長官に指名すると報道された12日の市場では、中国株が大幅安となり、外為市場では円が広範に上昇した。 米商品先物取引委員会(CFTC)がまとめたIMM通貨先物の非商業部門の取組状況によると、投機の円売りは米選挙直前の11月5日時点で4.4万枚と、前週の2.4万枚からほぼ倍増し、8月以来の高水準へ膨らんだ。その後さらに円安が進行し、円売りが一段と積み上がっている公算が高いだけに、不穏な動きがあれば投機の円売りが一気に逆流する可能性も考えられる。 (基太村真司 編集:橋本浩)