【住宅ローン専門家が対談】金利上昇と物価高騰で破綻する前に取るべき対策とは?(前編)
金利上昇と物価高騰で家計が破綻しないための対策とは
――金利上昇に備えて、私たちはどんな対策を講じるべきでしょうか? 千日 大切なのは、金利が上がる前提でどれだけ解像度の高いシミュレーションができるかです。金利だけでなく、このご時世、5年後の自分がどうなっているかも予測が難しいので、月並みですが、やはり貯蓄すべきだという結論になると思います。 特に近年、NISAなどの普及で投資にお金を回そうという機運が高まってきています。これはいいことなのですが、ローンを組んで住宅を購入することも、いわば「不動産への投資」だということが頭から抜けてしまっている人も多い。しかも、これから高確率で金利が上昇するというリスクの高い投資なので、気をつけないと資産配分として投資と現金の比率が適切ではなくなってしまいます。 淡河 私の相談者さんの中にも、現状ですら貯蓄する余裕なんてないという人が結構いて、これはちょっとヤバいなと。というより、そもそも金利が上がるということはどういうことかすら、きちんと理解している人が少ない。 いろいろなところで「なぜ金利が上がるか知っていますか?」と問うているのですが、ほとんどが「日銀のせい」なんて言うわけです。それはそうなんですが、正しい理由ではありません。正解は、デフレ脱却により上昇する物価の安定化を図るためです。 前提として、物価が上がるから金利も上がるということなのですが、現時点で貯蓄できないという人が、物価高になってどうやって貯蓄していくのか。 千日 家計の支出は住宅ローンだけではないので、低金利によって物価が上がりすぎる弊害にも目を向けるべきでしょう。 淡河 そうなんです。しかし、多くの人は返済額のことしか考えていない。家計全体として、支出の7割が物価高騰の影響を受けるといわれています。住宅ローンより前に、気にすべきことがたくさんあるということです。 千日 とはいえ、住宅ローン対策も必要不可欠だと思いますが、淡河さんはどうお考えですか? 淡河 メインシナリオとサブシナリオ、リスクシナリオを熟考したうえで、それでも家計が破綻しないと思うなら、対策しないという強気な姿勢を貫いてもいいと思います。その人の人生なので。 しかし、ほとんどの人がそうではありません。住宅ローン返済に困らない対策として、「5年・125%ルールに期待」「繰上返済」「借り換え(または条件変更)」「家計の見直し」「資産運用」という5つが一般に考えられます。 「5年・125%ルール」は効果なし?!淡河 まず、「5年・125%ルールに期待」についてですが、結論からいうと、正直効果はまったくありません。どういうことか、シミュレーションしてみましょう(表1)。 毎月返済額が10万7404円で、金利が変わらなければ元利総支払額が4253万円になる人がいたとして、仮に2年後に金利が2%アップしてそのまま金利が変わらないとします。 表1 「5年・125%ルール」と金利上昇のありなしで返済額をシミュレーション(2年後に2%の金利上昇) 淡河 5年後、「5年・125%ルール」がない場合は毎月返済額が14万3337円(+3万5933円)、ある場合は13万4255円(+2万6851円)と、毎月返済額は9082円安くなります。 しかし、さらに5年後になると、「5年・125%ルール」がない場合は変わらず14万3337円なのに対し、ある場合は15万3155円と、今度は9818円高い。さらに、「5年・125%ルール」があると、元利総支払額は58万円も高くなってしまうのです。 千日 「5年・125%ルール」があると残高の減り方が緩やかになって利息が多くなるので、かえって総支払額が増えるんですよね。 淡河 要は、最初にラクできるというだけなんですね。特に、金利がゆっくりと上がり続けるほど、終盤のしわ寄せは大きくなります。各銀行は客離れを恐れ、急激には金利を引き上げません。そのため、今後金利を上げるにしても波風を立てないようじわじわと上げていくことが予想されるので、「5年・125%ルール」に期待して何もしないのはかえって危ない。 千日 今回も、日銀に連動してすぐに金利を上げたのは、楽天銀行と住信SBIネット銀行くらいでしたからね。 「繰上返済」で減らせる利息は少ない淡河 次が、「繰上返済」です。2年後に金利が2%上がり、そのタイミングで貯金から100万円を返済額軽減型(※5)で繰上返済したとしましょう(表2)。 ※5:返済額軽減型とは、毎回返済額が減り、返済期間が変わらないタイプ。返済期間が減り、毎回返済額が変わらない期間短縮型もある 表2 「繰上返済」のありなしで総返済額がどうなるかをシミュレーション(2年後に2%の金利上昇) 淡河 頑張ってボーナスなりで100万円入れて、軽減される毎月返済額はたったの2800円です。こんなの、焼け石に水ですよね。このケースの場合、2%の金利上昇分を繰上返済で補填しようとしたら、1200万円ほど必要になります。あまりにも非現実的です。 千日 繰り上げ返済して総支払額を40万円程度減らすより、貯蓄で不測のアクシデントに備える方が得策です。 【関連記事】>>住宅ローンの繰り上げ返済はやめたほうがいい? 銀行員が事例をもとにデメリットなどを解説! 「借り換え」はコストがかかる淡河 では「借り換え(または条件変更)」はというと、当然ですがコストがかかります。表3のように、0.475%の変動金利で4000万円借り入れしている人が、110万円のコストを払って0.169%の変動金利に借り換えたとしましょう。 表3 「借り換え」のありなしで総返済額がどうなるかをシミュレーション(2年後に2%の金利上昇) 淡河 すると結果は、毎月返済額がたったの94円少なくなるだけ。総支払額もマイナス7万円です。今の住宅ローン変動金利はどこも低すぎるので、変動から変動に変えても船に開いた穴がほんのちょっと小さくなる程度でしかないわけです。大幅な金利上昇、つまり高波が来ればあっけなく沈んでしまうでしょう。 だったら、その高波から逃れるために全期間固定金利に借り換えればいいのか。総支払額ではお得になる可能性は高いですが、毎月返済額は+2万4469円になります。私としては、今からでも遅くないから全期間固定金利にしたほうがいいとは思っていますが、コストが高すぎて、現実的に「そんなの無理」という人がほとんどです。 千日 住宅ローンの変動金利から固定金利への借り換えには、基本的なマインドの切り替えが必要になります。頭で理解していても、そう簡単にはいかないでしょう。 家計を見直して「貯蓄」と「投資」を淡河 そうなると、もう「家計の見直し」しかないんですよ。先述のとおり物価も上がるので、死ぬ気で貯蓄するしかない。 千日 5年後、10年後に金利コスト増と社会保険料や増税のダブルパンチを食らっては目も当てられません。 淡河 そして「資産運用」も必須です。そのために考えることは2つで、資金効率と時間になります。住宅ローンの変動金利は、リスク管理が必要不可欠。そのリスク管理のための時間的リソースを、資産運用のほうに使った方がいいんじゃないかと思います。 一方で、全期間固定金利は金利が変わらないので、利回りの計算がしやすい。また、コストがかかっている代わりにリスクはゼロなので放置したままでいいというメリットがあります。 千日 物価が上がるのに対して、賃上げされているとはいっても、人手不足を補うための防衛的な賃上げの側面が強いですからね。