イエメン、「幸福のアラビア」いつの日か(2) ~ザ・アラブな空気とカートの嗜み~
レストランでイエメン人を知る
イエメン入国から3日目の昼過ぎ。私たちはセイユーンにたどり着いていた。ここはハドラマウト州最大の都市で、市街は同州内の他の街と比べて、レストランや雑貨店、両替所なども多く、人々の往来も盛んで活気があった。 お昼前後にカート市場や販売車を見つけて、その日の分のカートを買い込むのが私たちの日課になっていて、その後昼食をとれるレストランを探す。 レストランには地元のイエメン人男性たちが集い、床に車座になって昼食をとっている。その多くが傍らにカラシニコフを置いている。イエメン人男性はまるでスマホを持ち歩くように常に銃を携帯する。一度、友人に持たせてもらったが、地味に重い。5キロはあるだろうか。常に担いでいるイエメン人は肩が凝らないのだろうか。 イエメンにあるレストランの店内は、どこも活気があるといえば言葉はいいが、とにかく騒がしい。料理人は厨房で汗だくになりながらガチャガチャと鍋を動かし炎を上げながら調理し、受付は会計をする一方で注文をとり、声を張り上げて何か言っている。給仕はあっち行きこっち行きとせわしなく食事を運ぶ。 給仕の一人がお客の間を通り抜ける時に足をお皿に引っ掛け、ひっくり返す。客がキレる。「なにしてるんだ。このやろう!」とでも言っているのだろうか。 しかし、そんなことは意にも介さずにそそくさと立ち去る給仕。周囲の客がキレて叫んでいる客をなだめ、何事もなかったかのように食事を再開する。アラブ人はなぜこんなにも瞬間湯沸かし器的な性格なのだろう。ただその分気持ちの切り替えも早い。 さっきまでキレてわめいていた客が、なぜか「もう食べないから」と突然ラクダの焼肉を自分たちに分けてくれた。激しい感情表現といい、他人への唐突な親切といい、アラブ人は他者に対する心の隔たりが小さい。 騒がしい中、ひとまず自分たちも昼食をとる。 「ビスミッラー(アッラーの名の下に)」 イスラム教徒は必ず食事の前にこの言葉を発する。日本で言う「いただきます」だ。 香辛料を加えて炊いた米に炭火で焼いた鶏肉を豪快に載せた伝統料理「マンディ」。右手で鶏肉をほぐして米と一緒に口に運ぶ。熱いが美味しい。香辛料の香りが口の中に広がる。辛いスパイスが入っているわけではないので食べやすい。 昼飯を済ませた後しばらく車を走らせ、夕方頃にホテルにチェックインする。部屋でカートをたしなみながら夜半過ぎまでニュースを眺めつつ、ムハンマドやドライバーにイエメンについて教えてもらう。ムハンマドやドライバーの家族のこと、イエメン特有の方言、マァワズの着こなし方、北西部の避難民の生活状況、国内情勢などプライベートなことから政治的なことまで気になることをなんでも聞く。 イエメンに入国して数日経った頃には、イエメン人のライフスタイルが身に付き始めていた。巻きスカートを身につけ、イエメン料理を食し、カートをかみつつテレビを眺め、時折スマホいじりに耽る。自分自身を現地の衣食住に同化させていくことは伝統や文化を学び、人々に受け入れられるために欠かせないと思う。 「インターネットや文献で調べた表面的な知識では分からない。体験に勝る学びはない」 そんなことを建前に、イエメンの夜はカートを貪りながら更けていった。(続く) ----------------------------- 森佑一(もり・ゆういち) 1985年香川県生まれ。2012年より写真家として活動を始め、同年5月に DAYS JAPAN フォトジャーナリスト学校主催のワークショップに参加。これまでに東日本大震災被災地、市民デモ、広島、長崎、沖縄などを撮影。現在は海外に活動の場を広げており、平和や戦争、難民をテーマに取材活動を行っている。Twitter, Facebook, Instagram: yuichimoriphoto