イエメン、「幸福のアラビア」いつの日か(2) ~ザ・アラブな空気とカートの嗜み~
時々現れる石造りの小さな集落
空に突き出たモスクのミナレット、バイクに二人乗りして風を切って走るイエメン人男性、とんがった形の麦わら帽子をかぶり、ロバに荷車を引かせるイエメン人女性。 車窓からでもハドラマウト州の穏やかな時の流れ、ザ・アラブな空気が感じられる。 「本当にこの国は戦争をしているのだろうか」。あまりにものどかな風景や人々の暮らしぶりに、一瞬そんな思いがよぎる。私の気持ちを見越したかのように、ムハンマドが「暫定政府がコントロールするここハドラマウト州は比較的政情が安定しているんだ。ヨーロッパなどからツアー客も来るし、彼らのツアーをアレンジすることもよくある」とさりげなく補足情報を入れてくれる。 どうやら治安レベルは地域によってまちまちのようだ。 日本の外務省のホームページを確認すると、イエメンは国土全体が危険レベル4(退避勧告)に指定されているが、実際にはイエメン全土が戦争状態にあるわけではない。 とはいえ、一見平和に見えるハドラマウト州でも不測の事態が発生しないとも限らない。油断は禁物だ。
イエメン人とカートのたしなみ
ところで、イエメンの文化や習慣について語る上で避けては通れないものがある。「カート」だ。イエメン文化に深く根ざした植物で、これを語らずしてイエメンは語れない。 カートは、イエメンやエチオピアなど「アフリカの角」と呼ばれる地域が原産。覚醒成分が含まれており、嗜好品としてイエメン人の8割以上がたしなんでいると言われている。日本だとお酒のような立ち位置だろうか。 どの地方にもカート市場がある。市場がなくても販売人の車が集まる場所があるようで、そこにカート目当てのお客が集まり、販売人をまわってカートの質を吟味、値段交渉して購入する。イエメン国内のカートの主な産地は私が目的地としている北西部。そこからはるばる南部や東部にも運ばれてくるので、必然的に値段は上がる。 戦時下で物価が上昇しているにも関わらず、カートをたしなんでいる人は多い。一体毎日どれだけのお金をカートに費やしているのだろうか。 「カートは産地や質によっていくつかランクに分けられていて、一般的にイエメン人男性は、カートに1日2000イエメンリアル(以下、リアル)(約880円)くらい使うんだ」。毎日午後から夜中までカートを噛んで頬をいっぱいにしているムハンマドが言う。 まあまあな出費だ。日本だと、タバコを1日2箱消費するといったところか。なかなかのヘビースモーカーである。 ちなみに高品質なカートになると、1万2500~1万7500リアル(約5500~7700円)もするという。部族長や高級官僚、石油会社の職員のような富裕層でなければとても手が出ない値段だろう。日本だと、A5の松阪牛のサーロインステーキ200グラムぐらいが食べられるだろうか。 カートはどうやってたしなむのか。カート通のムハンマドが丁寧に教えてくれた。 「まず枝についた柔らかい葉っぱをむしり、かみ潰しながら飲み込まずに片方の頬に溜め込んでいく。そうすると、葉っぱから覚醒成分を含んだエキスが出てくるから、それを水と一緒に飲み込むんだ。その時にすり潰した葉っぱを一緒に飲み込まないように」 この覚醒エキスを摂取していると、だんだん目が冴えて頭がクリアになるらしい。それが病みつきになり、依存してしまう。 毎日、午後3時を過ぎた頃になると、頬をシマリスの様に膨らませたイエメン人によく出くわす。まるでテニスボールでも入っているようだ。口をもごもごとさせながら話すので、イエメン方言と相まって何を言ってるのかさらに分からなくなる。 検問の軍人、ホテルの受付、レストランの従業員。職業によって、カートをかまないということはない。昼過ぎから夜半過ぎまで1日8時間以上はクチャクチャとしている。家族や友人、同僚などとカートをたしなみながら談笑するのが彼らの日常だ。かみニケーションとでもいえばいいだろうか。覚醒成分が回ってくると、目がすわってくる。 オマーンからイエメンに入国した直後、ムハンマドは5~6日ぶりのカートに待ってましたとばかりにひたすらもぐもぐと口を動かしていた。私も勧められ、かんでみる。2017年にジブチを訪れた時に試して以来、2年ぶり2度目のカートだ。ちなみにジブチで流通しているのは主にエチオピア産だ。 エチオピア産カートと同様イエメン産もやっぱり苦い。お世辞にもうまいとは言えないが、郷に入れば郷に従えで、自分も毎日の様にかんだ。 最初は、うまく葉っぱを頬に溜め込むことができずに飲み込んでしまう。固めの葉っぱの縁が口の中で擦れて歯茎や舌を傷つける。お腹も緩くなった。 それでも、付き合いと口寂しさからひたすらかみ続けていると、だんだん効果が実感できるようになった。徹夜明けなのに、日中どうしても外せない用事があって眠るわけにはいかない。レッドブルを1、2本飲み、無理やり起きていたら、今度は眠れなくなった。そんな覚醒状態といえば、何となく想像がつくだろうか。 ただ、カートの効果は感じられたが、体に合わないためか、どうしても頭の痛みが共にやってきた。