「宇宙はゴミだらけ」――NASAもお手上げの「宇宙ゴミ」回収に挑む、日本人起業家の奮闘
市場がないなかで会社を立ち上げる
起業に際し、周囲からは大きな反対にあった。「技術がない」、そして「市場がない」からだ。宇宙ゴミ問題に関して、世界各国が足並みをそろえるためのルール作りが難しいことも懸念された。だが、逆に岡田は奮い立った。ビジネスパーソンとしての本能も刺激された。 「『市場がないよ』と言われたときに、なんていいニュースだと思ったんです。競合のいない爽やかなブルーオーシャンなんて滅多に出会えない。スペースデブリの問題は課題が明確ですよね。だったらそれを解決するための市場を作ればいい。すごく単純明快だと思いましたね」(岡田) 道のりは果てしなく思えたが、前に進み続ければきっと解決できるとも思った。最初に取り組んだのは、どうやったらデブリ除去ができるのかという仮説を立てることだった。だが、宇宙に関しては素人で、技術的知見は全くない。もちろんロケットや衛星の作り方もわかるはずがない。 「インターネットで『衛星の作り方』を検索しても何も出てこない(笑)。さてどうしたものかと考えた結果、宇宙関連の学会に出たらもらえる、CD-ROMに入った論文集に目を通すことにしました。何百本と精読すると、ようやくエンジニアと最低限の会話ができるようになります」(岡田) 岡田はスペースデブリ除去に関する自分なりの仮説を携え、研究者にコンタクトを取ることにした。論文に記載されていたメールアドレスからアタックを試みた。 「研究者を訪ねて世界中を回りました。彼らはアポイントの段階で怪訝な顔をしていましたね。素人の私が持参した仮説なんて一蹴されるわけで。それでも何度か繰り返すと、3周目あたりで『このサイズのゴミを除去するなら、これくらいの規模でやるべきだ』と教えてもらえる。サイズ感がわかってきたところで、資金を集めてチームを作ることにしました」
岡田が立ち上げから8年で集めた金額は実に210億円。投資家たちは彼の描くビジネスモデルに大きなロマンと興味を抱いたことがわかる。資金調達は順調だったが、人材確保にはとても苦労した。 「当時、国内ではJAXA、あるいはIHI、三菱重工などの大手企業、大学や研究所くらいにしか宇宙関連の仕事がないわけで、起業したての小さな会社に興味を示す人は少なかったんです」(岡田) 岡田は、大手宇宙関連企業を定年退職した研究者に目をつける。彼らが再雇用先を探すタイミングで声をかけた。 「経験豊富な研究者が来てくれるタイミングはここしかないと思いました。大学の研究室を出たばかりの若者も入ってきました。私たちの衛星ミッションに興味を持ってくれたのは、大企業に入ったとしても打ち上げを経験できるかわからないから。おかげで創業当時は20代と60代のエンジニアしかいなかったんです」 こうして岡田とアストロスケールは走り始めた。