半導体争奪「2か月以内に1年分の確定発注を」に、海外企業は即断するも、日本企業は“稟議書”で間に合わない
かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著です。2023年7月26日発売の幻冬舎新書『買い負ける日本』は、調達のスペシャリスト、坂口孝則さんが目撃した絶望的なモノ不足の現場と買い負けに至る構造的原因を分析。本書の一部を抜粋してお届けします。第2回。
半導体を売ってもらえず日本産業が停止
「半導体不足でトヨタの生産が止まるの?」 これまでなら考えられない状況だった。王者として君臨してきた自動車産業のつまずきといえた。2021年に入った直後から自動車メーカーの工場稼働停止や生産台数減が相次いで発表された。トヨタが止まった。ホンダが止まった。日産が止まった。 日本勢だけではなく、フォード、ゼネラル・モーターズ、フィアット、フォルクスワーゲン等も同様だった。 理由は、半導体を調達できなかったから。その後、半導体不足で月の生産量が4割減になる自動車メーカーが出るなど、これまでの常識でいえば“異常状態”が続いた。あの自動車メーカーがちっちゃな半導体を入手できないのか──。 半導体は大きく分けて、演算を行うロジック半導体と、データを記憶するメモリーと、その他がある。とくにロジック半導体が当時はどれも入手困難だった。 結果、高級車の納車まで2年、SUV(スポーツタイプの多目的車)でも1年半、軽自動車でも1年は当たり前、といった状態が続いた。二輪でも半年待ち、1年待ちになった。 そもそも自動車には数百個もの半導体が使われている。制御用のマイコンから、パワー半導体。もちろん基板には電子・電気部品が無数に必要だ。これが電気自動車になると、もっと多くの半導体が搭載される。影響は深刻だ。 では半導体不足はどれくらいの損失を与えたのか。たとえば2021年に自動車メーカーは、半導体がなく生産できなかったために2100億ドルの損失があったとする推計がある。アウトドアブームがあり高価格帯の自動車が売れるなど好調な側面が報じられることがあったが、自動車メーカーの生産は半導体不足に苦しんだ。 もともと新型コロナが生じた直後の2020年前半には自動車の生産が落ち込んだ。あれだけの感染症だ。景気が後退局面にあると考えるのも普通だっただろう。株価は落ち込み、生産が手控えられたため、半導体は不要になった。自動車メーカーとしてはコロナ禍が不安で、半導体の購入を控えようと注文をキャンセルした。正確には自動車のモジュールを生産する仕入先企業を通じて間接的に半導体をキャンセルした。 しかし、大半の予想とは逆に、コロナ禍のなかで思わぬ需要の急回復と、さらに供給減が起きた。 ・巣ごもりによる、パソコン、スマートフォン、通信機器類の需要が増加 ・これに伴ってデータセンター等向けの半導体需要が増加 ・米中経済戦争により中国企業から台湾のファウンドリー(半導体製造企業)への委託量が急増し供給を圧迫 ・新型コロナウイルス感染者の増加に伴い、各国の物流関係施設での遅延が発生 さらに日本で半導体を生産している旭化成マイクロシステムの延岡事業所は2020年に、ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリングの那珂工場は2021年に、それぞれ火災が発生。復旧までの数か月は供給が大混乱した事件もあった。 もちろん半導体不足は自動車産業だけではなかった。さきにあげたパソコン、スマホも需要急増で生産に支障が出たし、機械・設備、家電、オフィス機器、給湯器などのキッチン関連製品など、半導体を使用するすべての産業に工場の稼働率低下、停止といった影響を与えた。 またコロナ禍前半に半導体をキャンセルしたのは自動車メーカーだけではない。ただ半導体メーカーとしてみれば、顧客がキャンセルして、すぐさまやはり半導体をほしいといわれてもすんなりと供給できるはずがない。むしろ半導体メーカーの反感を買った。 半導体商社も急なキャンセルが相次いだ経験から、急に必要だといわれても在庫水準をあげて半導体を供給するのが難しかった。