「冤罪と未成年の死刑囚」が執筆の背景に 『正体』原作者・染井為人氏が「僕自身もちょっと救われた」と話す、原作と映画の関係性
■救いのある展開に自分自身が救われた思い ──小説の初版が出版されたのが2020年。その2年後に発行された文庫本には異例の内容と言えるあとがきが掲載されています。 あのあとがきは(主人公の)鏑木慶一に対する懺悔です。「正体」はあくまでフィクションでありエンタメ小説ではありますが、あんなにいい子の結末があの形であったことに心残りがなかったわけではなかったので。 ──9月12日にポストされたSNSには「映画『正体』は小説「正体」のアンサー作品だと思う」とも書いていらっしゃいます。その真意とは? 率直な気持ちです。僕は、自分が書く作品には大抵、いいやつにもイヤなところがあったり、すごく悪いやつにも人間らしいところがあったりという描写をするのですが、『正体』に出てくる警察は権力の象徴です。映画ではそんな警察を、山田孝之さんを通してある種の“良心”を入れて描いてくれています。だからこそ、映画での描き方にはありがたさを感じたんですね。実際のところ、小説を読んだ方々からは「悲しさだけを表立って終わらせてほしくない」という声もかすかに聞こえましたので…。映画ではある種の救いがあったことで、僕自身もちょっと救われた気持ちもあります。 ──小説も映画も、原作者にとってはどちらも大切な作品になったといえますか。 最近、とある書店さんが書いてくださったレビューを拝見したんです。そこには「小説と映画の二つを見て完成する」とあったのですが、いいこと言うなと思ったんですよ。小説だけだとちょっとつらすぎる。でも、映画を観た後に、物語のさらに深いところに入っていくために小説がある。そんな関係でもあるのかなという気がしています。 ■自分の欲のために人を傷つけることがあってはならない ──「正体」では、それぞれの人物が抱く信念や正義、真実が描かれています。染井先生が自身を貫くために大事にされていることは何でしょうか。 難しい質問ですね(笑)。日本は法治国家で、法律に基づいて我々は生きています。でも、それを破らないようにしてはいても、何事にもグレーな部分ってあると思うんです。とくに現在はモラルがすごく問われる世の中ですよね。犯罪ではないけれど、「それは人としてやっちゃいけないんじゃないか」という定義があふれているのではないでしょうか。それを責め立てて、匿名で他人を誹謗中傷する事例が多いのかなと。