「ドクターX」の晶さんと12年でお別れ「寂しい」でも前向き 岸部一徳
12年も演じ続けた役と、ついにさよなら。「寂しさはありますよね」。ドラマ「ドクターX」で演じてきた神原晶は、米倉涼子演じる「失敗しない」外科医・大門未知子を支えた名医紹介所長。初の映画にしてファイナルと銘打った「劇場版ドクターX」(12月6日公開)で、有終の美を飾った。もっとも「寂しい」と言いつつ、どこかひょうひょうとしているのが、この人らしい。コワモテのヤクザもお人よしのおじさんも無理なくはまり、ドラマに映画に〝いつもいる〟バイプレーヤー。「器用に、あれもこれもできないんで、じっとしてるしかない」。変幻自在の秘訣(ひけつ)は染まらないこと、なのである。 【写真】第37回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場「劇場版ドクターX」の米倉涼子(左)と岸部一徳
樹木希林、「死の棘」……アイドルから大転身
その昔アイドルだった、と言ってもピンと来る人の方が少ないかもしれない。「俳優は40年以上、こっちの方が長いですからね。音楽はちょっと」。ちょっとどころではない。1960年代後半、10代で沢田研二らと組んだザ・タイガースで、グループサウンズブームの頂点に立った。ブームが下火になって「とにかく音楽はやめてみよう」と思ったところに、TBSの演出家だった久世光彦から「俳優やれば」と薦められ、樹木希林の事務所に所属。「演技の勉強もしてないし、できるかどうかわかんないけど入れてもらえと」。いい作品にだけ出演という方針の事務所で10年を過ごした。 「その間に、俳優のあり方、芸能界にどういうふうになじむか、なじんじゃいけないか、いろんなことを教えてもらいました。いい作品を選ぶのは当たり前だけど、仕事はあっても、これは合わないからやめましょうと言われて、生活は大変でしたよ」。飛躍となったのは小栗康平監督の「死の棘」(90年)だった。 完璧主義の小栗監督の下、撮影は半年も続く。「脚本の難しさ、表現の難しさ、監督が『ここはこうだ』という意味がなかなか分からない。でも映画が出来上がって改めて見たら、こういうことか、こう見えるようにやってたのかと」。この撮影で多くを学んだという。「監督が、俳優は映画の100%を背負うものではない、まあ20%ぐらいでいいんだよと言う。あとは照明部や録音部など、いろんな人たちが作り上げて、それで100に近いものができればもう大成功なんだと。その後、映画やドラマをやる上で、すごくいい経験になった」