壊れなくなったクルマ 意外に奥深い「ねじ」の話
図2を見れば分かるように、ねじ山の一つひとつは相互のくさびだ。図では分かりやすいようにボルト軸に向かってくさびが掛かっているが、現実には軸の周方向に連続してらせん状にねじが切られているので、周方向にくさびが掛かった状態になる。ねじを締めると、このくさびが互いに押しつけ合う。しかし、ボルトが部品同士を固定するメカニズムはこれだけでは成立しない。ドアのケースで蝶番があったように、くさびの反力を受け止める部材が必要なのだ。反力がないとドアを移動させて終わりである。
部品の固定は雌ねじが切られた部品(部品A)に、ボルト軸より大きい穴(馬鹿穴)が空いた部品(部品B)を合わせ、その穴にボルトを通して雌ねじと締結する。ボルトの頭は部品Bの穴より大きいので、穴を通れない。これが蝶番と同じ役割を果たしている。ボルトの頭の上下位相がボルトの頭で固定された状態にもかかわらず、部品Aとボルトの雄ねじ部は、くさびの原理によってさらに進もうとして軸を引っ張る。つまり部品Bは、部品Aの雌ねじの中で進もうとする雄ねじの力と、進むことのできないボルトの頭の引っ張り合いによって発生したねじ軸の引っ張り力(軸力)で固定される ねじ山が相互に理想的状態なら、ねじを締め付けるトルクはくさびが押し込まれる力と比例する。つまり、ねじの締め付け力に比例的な軸力で部品を圧着(固定)することができる。クルマの重要な部品について締め付けトルクが規定されているのは締め付けトルクを管理することで、部品の圧着力を適性にコントロールするためだ。 だから重要な部品を取り付ける時にはかならずねじ山に潤滑油を塗布する。ねじ山を潤滑すると、一見緩みやすくなるように感じるかも知れないが、実は締め付けトルクと軸力の関係に対して、ねじ山の当たり面の摩擦係数が安定するため、軸力が安定する。 逆に摩擦が不安定だと、規定トルクで締めても必要な軸力が得られないことが起きるのだ。ねじ山を舐めてしまったねじを締めたことがある人ならお分かりの通り、ボルトの頭が部品Bに当たる前に、それ以上締めることが出来なくなる。当然部品Bは全く固定出来ない。これが摩擦が極大に発生した状態だと思えば良い。ねじ山が破損しているケースは論外だが、摩擦による締め付けトルクと軸力の関係への干渉をできるだけ減らし、安定させるためにねじの当たり面を潤滑して摩擦係数を下げるのだ。