働き手「1100万人不足」の衝撃...社会にもたらされる影響と、「危機を希望に変える」企業の役割とは?
<「現場の課題解決」に最大のイノベーションのチャンスがある──。リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏インタビュー>
「2040年、働き手が1100万人足りなくなる」。リクルートワークス研究所による「2040年の労働市場に対する未来予測シミュレーション」は、衝撃的な事実をあぶり出しました。その結果をもとに、日本が直面する「労働供給制約」の実態を明らかにしたのが、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)です。 ●日本の労働者だけ、給料が上がらない謎…その原因をはっきり示す4つのグラフ これからの日本は、社会の維持に必要な働き手を供給できなくなるといいます。そんな構造的な人手不足の解消に向けて、働く個人、企業はどんな役割を果たすべきなのか? 本書の著者でリクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんにお聞きします。 (※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です) ■地方で加速する「若手の取り合い」──「労働供給制約社会」の実態とは? ──古屋さんが「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」の報告書と本書『「働き手不足1100万人」の衝撃』をまとめた背景について、改めてお聞かせください。 「働き手不足」のテーマを着想したのは、コロナ禍真っ最中である2021年の年末のことでした。地方の企業をめぐる中、「人材が採用できない」という深刻な悩みを聞きました。その土地の企業同士で、地域に住む新卒の若手世代を取り合っている。人手が足らないので、社長が踏ん張って現場を回している──。当時決して景気が良いわけではないのに、こうした事例をあちこちで聞くにつれ、とんでもないことが起きていると危機感を抱きました。 コロナ前から人手不足が著しい業種は、医療・介護・物流・建設と明らかでした。そこにコロナ後はインバウンド産業、水道管の点検員や電気整備士さん、はたまた学校の教員まで...といった本当に様々な仕事が加わっています。 これまで人手不足の問題は、後継者不足やデジタル人材不足など産業・企業の視点で語られていました。しかし、これから起こる人手不足は、生活維持に必要な労働力を日本社会が供給できなくなるという、クリティカルな社会問題です。 いくら企業が賃上げをして採用力を向上させても、地域の若者を取り合うゼロサムゲームでは根本的な解決にはなりません。若者の移住を促進する地方創生を行っても、必ずどこかの地域で若手が減ってしまう。 まずは一人ひとりが発想を変えないといけない。そうすれば「危機」を「希望」に変えられる──。そんなメッセージを伝えるべく、本書の執筆に至りました。 ──人口動態の予測は本書が出る前から明らかな事実であるのに、この深刻さが日本で広く知られていなかった背景は何でしょうか。 政府は人口動態の予測をもとに、高齢化による社会保障や年金、医療財政への影響については議論を尽くしてきました。ところが、「労働市場への影響」に関しては見過ごしてしまったのではないかと推測します。高齢化率の上昇は、労働の消費量が大きくても労働の担い手ではない人の割合が増えることを意味します。つまり、労働市場の需給ギャップに対応するだけの働き手が確保できなくなるのです。 国際的に見ても、政府の労働政策は失業対策が中心で、雇用の創出に注力していました。一方、人手不足の対策はそれと真逆です。そのため、仕事の省力化や削減の必要性に気づきにくかったのではないでしょうか。 ■「働き手がお客さんを選ぶ」ことが当たり前に ──本書は2024年1月発刊後、さまざまなメディアで注目されています。半年以上が経ついま、古屋さんが、より深刻に感じている課題や変化の兆しはありますか。 「生活維持サービス(エッセンシャルワーク)」領域の人手不足は激しくなる一方です。民間企業以上に深刻なのが公務サービス。公務員の中でも技術系、清掃作業員などの現業職、警察官、自衛官などは全然足りていない状況です。教師も同様で、秋田県では小学校教員採用試験の志願倍率が1倍となってしまった。今後こうした状況が広がると、「この学校は荒れているから赴任したくない」といった教師の赴任拒否が多発するでしょう。これは、先生が生徒を選ぶ時代になったともいえます。 「働き手がお客さんを選ぶ」ことは、学校教育だけでなくあらゆる領域で起こるでしょう。一方、介護施設や物流会社などでは、解決に向けた対策をはじめた人たちがいます。こうした差し迫った状況とそれに対処する先進的な事例を広めていきたいですね。 また、人手不足が労働市場に与える影響を理論的に研究して、他国の人々もこの議論に参加できるようにしたいと考えています。日本は課題が山積みであるものの、決して孤独ではありません。韓国やイタリアやスペイン、中国は、人口動態的に日本の後を追いかけている。たとえば韓国は、2040年頃には高齢化率で日本を超えるといわれています。日本での試行錯誤が、こうした国々の希望になるかもしれません。 地域の現場でのさまざまな挑戦を広めながら、その理論的根拠を研究で明らかにしていく。そうして「孤独な戦い」にしないようにすることが、私たちの仕事です。