日本代表、歴代ストライカーの系譜(6)土壇場の解任劇で混乱も…日本中を驚かせた結果は?
日本代表は初出場から途切れることなくワールドカップ本大会に出場している。その間、中山雅史や高原直泰、大迫勇也など多くのストライカーが日本代表でプレーしてきた。今回は、1998年のフランス大会からロシア大会まで、ワールドカップ当時のセンターフォワードのレギュラーを紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。
ロシアW杯
監督:西野朗 戦績:ベスト16 背番号:大迫勇也(ブレーメン) 生年月日:1990年5月18日(28歳) 個人成績:4試合出場/1得点0アシスト ブラジルワールドカップ後に就任したハビエル・アギーレは、マインツで15得点をマークした岡崎を1トップで起用している。しかし、全試合に先発した15年1月のアジアカップで、ゴールは初戦のパレスチナ戦のみと期待に応えられず。日本代表はベスト16で姿を消している。 ヴァイッド・ハリルホジッチが監督に就任すると、岡崎は初陣から3試合連続ゴールを決めて指揮官の信頼を掴んだ。アジア予選でもゴールを重ねたが、16年11月のオマーン戦で大迫が2ゴールを決めたことで立場が逆転。以降は大迫が先発に起用される機会が増えた。 18年4月に解任されたハリルホジッチに代わってワールドカップの指揮を執ることになった西野朗監督は、大迫、岡崎に加えて武藤嘉紀を本大会のメンバーに選んだ。武藤は4月にハムストリングを負傷していたが、復帰したラスト3試合ではマインツを残留に導く活躍を見せていた。 大迫が先発で起用された初戦のコロンビア戦、香川真司がPKを決めて先制したが、FKを直接決められて前半のうちに追いつかれた。1人少ない相手に手を焼いたが、72分に本田圭佑のCKを大迫が頭で合わせて勝ち越し、日本代表は白星発進となった。 続くセネガル戦は71分に1点のビハインドを背負う苦しい展開となった。それでも78分に大迫が右からクロスを上げると、途中出場の岡崎がGKと交錯しながら潰れる。逆サイドに流れたボールを乾が折り返すと、ゴール前でフリーになった本田がGK不在のゴールにボールを流し込んだ。 大迫が起点となった同点ゴールを守った日本代表は、セネガル戦で貴重な勝ち点1を奪った。岡崎と武藤が2トップで起用されたポーランド戦は0-1で敗れたが、グループ2位で決勝トーナメント進出を決めている。 日本代表はラウンド16でベルギーと対戦。2点を先行したが、試合終盤に3失点を喫して敗れた。大迫はフル出場したがゴールには絡めず、岡崎と武藤はベンチでこの試合を見届けた。
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