アジア安全保障会議で中国国防部長が見せた南シナ海問題への「スマイル外交」と台湾問題への「不退転の決意」
マルコス比大統領の基調講演
日本を含むインド太平洋地域の防衛関係者が一堂に会するIISS(英国際問題戦略研究所)主催の「シャングリラ・ダイアローグ」(アジア安全保障会議)が、5月31日から6月2日まで、シンガポールのシャングリラホテルで開催された。 【写真】中国人民解放軍&海警局による本気すぎる「大規模軍事演習」の狙いは何なのか 21回目を迎えた今回は、5月31日の晩に、「渦中の人」フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領の基調演説で幕を開けた。 フィリピンは現在、「フィリピンの尖閣諸島」とも言うべきセカンド・トーマス礁の領有権を巡って、中国と一触即発の事態を迎えている。フィリピンは1999年、セカンド・トーマス礁に第二次世界大戦当時の軍艦を故意に座礁させ、それを補修するという名目で、実効支配を続けてきた。 だが近年、中国海警局が大型公船を派遣し、フィリピン船に放水銃を浴びせるなどして、この海域を奪還しようとしている。フィリピンはすでに2012年、スカボロー礁の実効支配を、中国側に奪われている。 そうした中、今回、マルコス大統領に基調講演の白羽の矢が立った。2022年6月30日に就任したマルコス大統領は、前任のロドリゴ・ドゥテルテ大統領が「親中」だったのに対し、中国に対して断固とした姿勢を貫いている。 マルコス大統領は、「7つの現実と3つの不変:インド太平洋地域が直面する安全保障上の課題への対処」と題した約30分のスピーチを行った。あえて「中国」とは名指ししなかったものの、婉曲的にかつ格調高く、中国の脅威と自国の正当性を主張したのだった。 まずは、以下に、そのスピーチの骨子を箇条書きする。
中国の隣国に位置する「悲哀」と「決意」
・シャングリラのコンセプトは、神秘的な静けさ、つまり平和と調和の中で生きる自由な魂の感覚を想起させる。希望的観測に聞こえるかもしれないが、平和に暮らし、法の支配を堅持し、すべての国がそれぞれの願望を追求して繁栄できる国際社会という、継続的な夢を象徴している。私たちフィリピン人は、この夢の模範である。 ・われわれは、われわれの領土と海域の定義を、国際法が許し、認めているものに合わせるよう意識的に努力をしてきた。これは、わが国の憲法第1条に記されているものだ。 ・われわれの取り組みは、(中国が行っている)武力、脅迫、欺瞞を通じて過度で根拠のない主張を広めることを目的とした断定的な行動とは、まったく対照的だ。 ・西フィリピン海(南シナ海)は、国連海洋法条約の一貫性を主張する取り組みの最前線に立っている。われわれは、国際社会の責任ある、法を遵守するメンバーにふさわしいやり方で、自国の領土と海域を定義してきた。そこでわれわれは、(2013年に)世界有数の法律家による厳格な法的精査(ハーグの常設仲裁裁判所)に、われわれの主張を提出したのだ。 そのため、われわれが海上に引いている線は、われわれの想像力からではなく、国際法(2016年に常設仲裁裁判所が出した「中国の主張には国際法上の根拠がない」という判断)から導き出されたものだ。 ・私はこの堅固な足場と、われわれの明確な道徳的優位性を通して、われわれの主権を持つ家を守るために必要なことは何でもしていく。最後の1平方インチまで、最後の1平方ミリメートルまで、(中国に)強く対処していく。 ・西フィリピン海の命を与える水は、すべてのフィリピン人の血の中を流れている。わが国を取り囲む海洋領域全体からわれわれを切り離すことは、誰にも許されない。私は大統領として、就任初日からこの厳粛な決意を誓ってきた。私は譲歩するつもりはない。フィリピン人は譲歩しないのだ。 ・1982年、私の父・フェルドナンド・マルコス大統領は国際社会を率いて、紛争の平和的解決に関する「マニラ宣言」を全会一致で採択した。これは、国家間の相違は、常に法的および外交的プロセスを通じて平和的に解決されなければならず、決して武力による威嚇や行使によって解決されてはならないことを確認したものだ。だが今日、これらの規範は(中国によって)大きなストレスにさらされている。世界はいま、分水嶺の瞬間を迎えているのだ。 ・こうした大きな変化の中で、インド太平洋地域には7つの現実がある。第一に、この地域の将来は、それぞれが独自の経験と願望を持つ多くの国によって決定されるべきものなのに、一般的な国際規範に対するわれわれの信頼を損なう(中国の)試みによって、挑戦を受けている。第二に、中国とアメリカの戦略的競争が、進化していく地域情勢に浸透しつつある。この対立は、この争いは火種を悪化させ、(アメリカが前面に出るほど中国も向きになって前面に出るという)新たなセキュリティのジレンマを生み出している。 第三に、この地域はASEAN(東南アジア諸国連合)に、こうした進化する力学の中で中心的存在となる機関として期待を寄せているが、(中国という)課題がわれわれの結束と一致を脅かしている。第四に、地政学がグローバル・ガバナンスのインフラに浸透し続ける中、断固とした多国間による解決策を打ち出すための橋渡し役の役割が、ますます重要になってきている。 第五に、(南シナ海という)共有財産は、地域のすべての国の安全保障にとって、引き続き極めて重要である。第六に、地球温暖化は地域と世界にとって依然として、致命的な課題である。第七に、(AIなどの)高度な技術の開発は、人間の生活と経験を急速に変化させている。 ・(第二次世界大戦後の講和条約を結んだ)サンフランシスコに立ち返り、すべての国の主権の平等を再確認しようではないか。われわれは国家間のヒエラルキーを押しつけようとする、いわゆる「大国」の力学に明確に国益を包摂しようとする不当な言説を、拒絶しなければならない。 ・第一に、国家の主権的平等は神聖なものでなければならない。第二に、ASEAN及びASEAN主導のプロセスが中心であり続けなければならない。第三に、法の支配と多国間主義の一体性が優先されなければならない。この三つの不変の要素は、今後の課題に備えるための取り組みの指針となるものだ。われわれはこの地域を、単なる地政学的な対立の舞台として描く誤った解釈を、断固として拒否することから始める必要がある。 ・われわれは、特に自分たちの利益を他の誰か(中国)の利益に従属させようとする武力によって、われわれの戦略的な取り組みを否定するいかなる試みも拒絶する。 ・この地域の安全保障状況と経済発展に対する中国の決定的な影響力は、永久的な事実である。それと同時に、アメリカの安定化プレゼンスは、地域の平和にとって極めて重要である。よってこの地域の継続的な安定のためには、中国とアメリカが責任ある方法でこの対立を管理する必要がある。 ・フィリピンは、戦略的パートナーであるオーストラリアと日本とともに、インド太平洋地域の問題を(世界の)前面に押し出そうとしているのだ。 ・太平洋の島嶼国が、この地域の将来に関する有意義な議論の一部にならなければならないことは明らかだ。そのためいまこそ、「太平洋」を「インド太平洋」に戻す時だ。 ・地理的な近さと、(家政婦などとして)台湾にフィリピン人が住んでいることから、フィリピンは台湾海峡を挟む(中台)両岸問題に、正当な関心を持っている。フィリピンの人々は、台湾海峡の両岸の人々との長い兄弟愛の絆を持っているのだ。 ・東シナ海と南シナ海における海洋上の相違を解決するためのいかなる努力も、国際法、特に国連海洋法条約に根ざさなければならない。われわれは、すべての当事者の正当な利益に妥当な考慮を払い、法的に解決された権利を尊重していく。南シナ海の未来は、ASEANが思い描く平和と安定と繁栄の海以外にはあり得ないのだ。 ・だが残念ながら、このビジョンはいまのところ遠い現実のままだ。(中国の)違法で、威圧的で、攻撃的で、欺瞞的な行動は、われわれの主権、主権的権利、及び管轄権を侵害し続けている。自国の領土や管轄権を超えて、国内法や規制を適用しようとする(中国の)試みは、国際法に違反し、緊張を悪化させ、地域の平和と安全を損なうものだ。 ・1982年の国連海洋法条約と、拘束力のある2016年の常設仲裁裁判所の判断は、紛争の平和的解決と管理のための確固たる基盤を提供している。南シナ海におけるわが国の政策は、この2つの試金石の上に成り立っているのだ。 ・わが国は世界第2位の群島国家であり、陸地よりも海の方が(面積が)多い。そのようなわれわれは、包括的な群島防衛構想のもとに、憲法上の義務と法的権利によって、わが国の利益を保護し、わが国の遺産を保全しなければならない地域に、わが国の兵力を投射する能力を発展させていく。 ・防衛力を構築するとともに、外交への投資も継続していく。ASEANが中心であるということに対するわれわれの関与は、外交政策の中核的要素であり続ける。同時に、アメリカとの同盟関係、オーストラリア、日本、ベトナム、ブルネイ、その他ASEAN諸国との戦略的パートナーシップを強化していく。さらに、韓国やインドなどの友好国との、より強固な協力関係も追求していく。 ・われわれはセレベス海におけるインドネシア及びマレーシアとの三国間協力を追求する。これは、排他的経済水域(EEZ)におけるオーストラリア、日本、アメリカとのより広範な協力の背後にあるものと同様の論理的な根拠に基づくものだ。 ・先月(4月11日)、フィリピン、日本、アメリカは、三国間協力を通じて経済協力を強化し、地域の平和と安全に貢献するという共同ビジョン声明を採択した。これらのパートナーシップは、ルールに基づく地域秩序の維持と、防衛力の強化に対するわれわれの関与を反映したものだ。わが国の近海が現在直面している(中国の脅威という)課題の範囲、深さ、そして幅広さには、われわれの集団的、包括的、そして断固とした行動が必要なのだ。 以上である。南シナ海を挟んで中国の隣国に位置する「悲哀」と「決意」を感じさせるスピーチで、盛大な拍手が送られた。