死者の結婚式 「あの世」の幸せ願う山形のムカサリ絵馬師
結婚は、人生の中でも大きな慶びの一つだ。互いに支え合い、共に生きていく相手と巡り合うことは幸福とされている。だが、若くして、この世を去ってしまう人もいる。残された家族たちは無念な思いを抱えつつ、あの世では寂しくないように結婚して、安らかに過ごせますようにと、故人の幸せを願う。 山形県の村山地方には、そんな遺族の痛切な思いを絵馬に託す「ムカサリ絵馬」という風習がある。「ムカサリ」とは、方言で「婚礼」を意味する。絵馬には、死者と、架空の相手との結婚式が描かれる。
ムカサリ絵馬のある寺
「ここは生きている人から死んでいる人まで、全ての縁を司る寺です」 JR天童駅から車で約15分。細くうねりのある山道を登っていくと、若松寺へと着く。通称「若松観音」と呼ばれ、縁結びに御利益があるとされる。雪に閉ざされた冬でも、良縁を求めて訪れる女性たちが後を絶たない。
本坊には、壁一面に婚礼の絵馬がびっしりと並ぶ。和装で家族が揃い、厳かな結婚式を行う様子を描いたもの。白いウェディングドレスやタキシードを着て幸せそうにほほ笑むもの。絵馬には住所や名前、戒名、そして享年が記されている。これが「ムカサリ絵馬」だ。 明治時代から現在まで、奉納されている絵馬は約1400枚。戦後は、出征して帰ることができなかった未婚の息子を悼み、奉納する親が多くいた。最近は、事故や病気をはじめ、東日本大震災で亡くなった人を供養したいと、全国から遺族が訪れる。
ムカサリ絵馬は、もともと東アジアでみられる死者の婚礼「冥婚」に由来すると言われている。青森県の津軽地方では人形で供養する。 氏家榮脩住職は、「中国では生まれること、死ぬこと、そして結婚が人生の3大行事と考えられている。その中で結婚が欠けていると、あの世に行けないという考えがある。日本へ文化が伝播したときに、一緒に伝わったのでは」と話す。 本来は、故人を思う遺族が描き上げることが供養になるが、絵が苦手な場合、若松寺では「ムカサリ絵馬師」を紹介している。