死者の結婚式 「あの世」の幸せ願う山形のムカサリ絵馬師
ムカサリ絵馬師への道
山形県東根市の高橋知佳子さん(44)は、ムカサリ絵馬の絵師だ。 「物心ついたときから、霊が見えていた」と話す。 「見える瞬間は、周囲の景色がカメラのシャッターを押すようにぱっと変わり、黒っぽい影や、人の形などが見える。語りかけてきたりすることもあるが、襲ってくることはない」 怖いという気持ちもなかった。 あるとき、家の中で目が潰れた男性の霊が、高橋さんに向かって「まなぐめね(目が見えない)」と語りかけた。家族に話すと、戦争で目を失って亡くなった親戚ではないかと聞かされた。供養のため、彼の似顔絵を描くことになった。「せめて、絵の中では目を戻してあげよう」。目を描き込むと、男性はお礼を言って消えていった。 「描くことで、救われる魂があると知った瞬間だった」
ちょうどその頃、テレビでムカサリ絵馬の番組を見た。故人の霊から絵馬を完成させる絵師の話を聞いているうち、「自分の能力を生かせるし、誰かの役に立てるかもしれない」と興味がわいた。 寺に電話すると、絵師が高齢で引退するという。「是非お願いします」との言葉もあり、絵師の仕事を始めるようになった。 絵馬のルールは一つ。実在の人物を絶対に描いてはいけないことだ。 あの世に連れていかれてしまうことがあるからだという。 ケント紙や、ボールペン、アクリル絵の具など、画材はごく普通のものばかり。遺族から写真をもらい、頭の中で故人の魂に語りかける。大半は沈黙したままだが、中には望みを伝えてくる人もいる。
遺族の思い
静岡県磐田市の在日韓国人の女性(55)は3年前、18歳で急逝した兄のムカサリ絵馬を奉納した。 葬儀は済ませたが、兄の存在はいつも傍に感じていた。ある時、夢の中に出てきた兄が 「もっと明るいところに行きたい。ここは寒い」と訴えてきた。 「ちゃんと供養をされていないんだ」 兄のことが気にかかるが、供養の方法が分からない。 テレビで偶然知っていたムカサリ絵馬。子どもが18歳になり、亡くなった兄の年を超えた時、供養してもらう決心がついた。絵馬を描いてもらおうと、若松寺に電話した。 高橋さんに描いてもらったのは、韓国式の衣装を着て、綺麗なお嫁さんの隣でほほ笑む兄。「これでやっと供養してあげられる」と安堵した。奉納した絵馬の写真を撮って眺めているうちに、涙が溢れて止まらなくなった。眠りにつく前、亡くなったころのままの兄が脳裏に現れ、にっこり笑って消えていった。 「ありがとう、って伝えに来たのかな」 それ以来、兄に会ってはいない。「あの世とこの世がつながっていて、肉体はなくても魂は生き続けているんだと感じました」と声を詰まらせた。