柳美里×安堂ホセ、小説で「自分」を書くということ 村上春樹ライブラリー朗読イベントレポート
◼️答えがない「問い」を持っている トークイベントでは、最新作『DTOPIA(デートピア)』(河出書房新社)を著者である安堂ホセ本人が、学生が奏でる音楽にのせて朗読。物語は、恋愛リアリティショー「DTOPIA」新シリーズが開催されるボラ・ボラ島が舞台。ミスユニバースを巡って、Mr.LA、Mr.ロンドン等、Mr.東京ほか、各国・各都市を代表する総勢10名の男たちが争う。「文藝」2024年秋季号に掲載後、第46回野間文芸新人賞(野間文化財団主催)の候補作にも選ばれるなど、高く評価されている。 安堂ホセ:今年の1月から春ぐらいまで、この『DTOPIA(デートピア)』を書いてたんですけど、世の中から問題が襲ってくる時期だったんですよ。パレスチナでイスラエルによるテロが起こっている。トランスジェンダーの人へのヘイトが可視化されている。いろんなことがあって、日本で小説を書いていて、ちょっと嫌になっていた時期でした。自分自身、違う場所からスタートしたいという気持ちでした。 ロバート・キャンベル:別の場所などで? 安堂ホセ:東京ではない、それ以外の場所ですね。なるべく遠くのものを書いて、パーンと風が通っているような、誰でも入ってくれるような小説を考えました。そういう設定を最初に持ってきて。今日は非常に端正な音楽で同時演奏してもらって、どう見えていますかね。 ロバート・キャンベル:ご本人としてはどうでした? 安堂ホセ:すごく新鮮でしたね。すごく読みやすかったです。間が埋まっていくみたいな。運ばれている感じで、やりやすかったですね。 ロバート・キャンベル:美里さんはこの作品をどう読みましたか? 柳美里:私は作家が抱えられるテーマというのは、生涯を通して1つなんじゃないかなと思っていて。それを抱え続けるというか。本当の問いかけは、答えがないと思うんですよ。そんな答えがない問いを持っている作家なのだと思いました。 これまでの3作には1つの通底している主題がありますが、この『DTOPIA(デートピア)』では、圧倒的に襞(ひだ)が多くなっているんですよね。複雑な話なのですが、その核となる出来事はモモが10代前半の時にキースに睾丸を切られることです。切られるというか、双方が望んでというか。 安堂ホセ:年齢があまりに幼かったので、それが合意だったのかは、今となってはわからないんだけど、その時は納得していたと。 柳美里:それで学校で睾丸を片側だけ切り取る。キースはそれで睾丸を切り取る仕事を始めていく。 安堂ホセ:そこを説明するとギョッとされるかもしれません。でもすごく大事なシーンで、あそこに持っていくために、どう読者の人を入れていくかを考えました。それで「DTOPIA(デートピア)」という設定が後から出てきました。 柳美里:やはり2人が幼かったので、モモの父親は加害者のキースの家に抗議に行きます。被害者・加害者と呼んでいいのか、同意だったのかは置いておいて。するとキースの母親が泣き出して。その辺りは二人の動機からは離れた外の世界ですよね。家庭なので内の世界でもあるんですが。その描写がリアルなんですよね。 暴力を描く小説では、暴力描写がカタルシスに行きがちなんですが、そのカタルシスを許さない。だから暴力の挫折を描いていると思っていて。その折れた暴力が突き刺さる。目が覚めるような痛みは、睾丸を片方とり除かれた主人公モモと、取り除いたキースが核になっていると思うんですけど。それが新しいと思いました。