激闘・名勝負の代償に眼窩底、鼻骨骨折を負った井上尚弥。2020年ロードにどんな影響が出るのか?
ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)のバンタム級トーナメントで優勝したIBF世界バンタム級、WBA世界同級スーパー王者の井上尚弥(26、大橋)が元5階級制覇王者、ノニト・ドネア(36、フィリピン)との激闘で右目眼窩底骨折、鼻骨骨折をしていたことが9日、明らかになった。自身のSNSで公表したもので、幸い現時点では手術はせずに済んだが、通常、眼窩底骨折を負った場合、本格的なトレーニングを再開するには最低3か月は必要。来年、米国で予定されている次期防衛戦は、早くて来年5月以降にずれこみそう。ドネアとの激闘の代償は想像以上に大きかった。 井上は7日、さいたまスーパーアリーナで行われたドネアとのWBSS決勝で2ラウンドに左フックを右目にもらい、右目上をカットしたと同時に「目がぼやけてドネアが2人見える。ものが二重に見える」という症状に見舞われた。その症状は12ラウンドまで続いたという。また3ラウンドからは、パンチを顔面に受けたせいで鼻血が噴き出して途中、止まらない場面もあった。 井上は作戦をポイントアウトに切り替え、右のガードを高く上げてカットして視界のぼやけた右目をカバーしながら戦い、11ラウンドにはダウンを奪うなどして3-0の判定で勝利した。試合後、医務室で右目上を5針縫う緊急処置を受け、試合翌日の8日、病院で精密検査を受けたところ眼窩底骨折と鼻骨骨折が判明した。 この日、井上尚弥は、自身の公式ツイッターで「眼球には異常なしと伝えましたが、2Rの左フックで右目眼窩底骨折をしていました。保存治療で幸い手術をする事は逃れましたが絶対安静で治療に専念します。来年の試合には影響がないそうなのでまた頑張ります。ちなみに鼻も骨折していました」と報告した。
一般的にはスパー再開に3か月は必要
眼窩底骨折は、ボクサーがよく負う怪我のひとつで、眼球にパンチという強い圧力を受けることで眼球を支えている薄い骨が骨折、或いは、欠損などするもので、それにより眼球の位置がずれたり、眼球を動かしている神経、筋肉に異常が発生して「ものが二重に見える」という症状が出る。 骨がポッキリと折れて眼球が支えられなくなり、眼球が陥没してしまう場合や、その骨折部分に神経、筋肉などの組織が挟まれてしまった場合は手術により元の状態に戻す治療が必要になる。だが、骨折の状態が酷くない場合は、手術を行わない保存療法で、骨折を自然治癒させ、眼球のずれを治すというリハビリを行う。 今回、井上は後者の治療法が選択されたが、1か月後に再検査を行い、二重に見えるなどの症状が改善されていない場合は、手術の可能性も残っている。現在、絶対安静が申し渡されているのは、そのせいだ。 では、順調に回復すれば復帰は、どれくらいになるのか。今後への影響、後遺症はあるのか? 実は、ドネアも2013年4月にギジェルモ・リゴンドー(キューバ)とWBO、WBA世界スーパーバンタム級王座統一戦を戦い、判定負けした試合で眼窩底骨折を負った。試合中に「リゴンドーが二重に見えていた」という。そのドネアが、復帰戦を戦ったのは7か月後だったが、強敵のビック・ダルチニアン(豪州)を9回TKOに葬って影響のないことを示した。 ビジョントレーニングの資格を持つ元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士氏は、「試合中にカットしただけでなく、目の様子がおかしかったので眼窩底骨折をしたのでは?と心配していました。グローブで眼球に衝撃を与えられる形になり、支えている骨にダメージがいったのでしょう。ただ、精密検査で手術が不要と判断されたのであれば、そう深刻な骨折ではなかったのでしょう。今後、徐々に、ものが二重に見えるという症状も改善されていくと思います。ただスパーリングなどの練習を再開するには時間が必要です。3階級制覇王者の田中恒成選手は、両目に眼窩底骨折を負いましたが、再開に3か月はかかっています。井上選手は距離のボクシングですから目は重要です。無理せず、まずは完治を心掛けることでしょう。またフルフェイス型のヘッドギアを使用するなど再発防止の注意も必要だと思います。詳しい骨折の状況がわからないので、いい加減なことは言えませんが、過去のボクサーの例から言えば影響は出ないと思います」との見方をしている。 現WBO世界フライ級王者の田中恒成(畑中)は、2017年9月13日のパランポン・CPフレッシュマート(タイ)とのWBO世界ライトフライ級タイトルマッチで、両目に眼窩底骨折を負って当時計画されていたWBA同級王者田口良一(ワタナベ)との統一戦が流れた。保存療法を採用しスパーリングを再開したのが、3か月後。復帰リングに立ったのは、半年後の2018年3月31日だった。 怪我の個人差にもよるが、このスパンが復帰パターンとしては一般的だ。 田中は、その後、WBO世界フライ級王者、木村翔(青木)へ挑戦、激闘を制し3階級制覇王者となり、2度の防衛に成功するなど眼窩底骨折の後遺症の不安を完全に払拭している。 田中が眼窩底骨折を負った試合後の目の様子や目の周りの腫れの状態は井上に比べてもっと酷かった。そう考えると井上が、今後、順調に回復すれば両目を負傷した田中よりは早いペースで復帰できるだろう。それでも万全を期すなら、やはりスパー再開に3か月。リング復帰には半年は必要なのかもしれない。