もう一人の松坂世代。元広島、西武の木村昇吾がクリケット代表選考会に挑む
昨年末から木村は、毎週末、都内からクリケットの練習グラウンドのある栃木県佐野市まで1時間半かけて車を飛ばして本格練習に取り組んでいる。まったくの初心者としてルールから学んでいるが、守備には、比較的スンナリと入れた。素手で硬いボールを扱うのは「ライナーやフライが怖いし痛い」と言うが、名門、尽誠学園時代から、内野守備の基本を学ぶため、素手で硬球のゴロノックを受けてきた経験が生きているという。 問題は世界観が変わるバッティングだ。 助走OKの「ボウラー」は走りこんできてワンバウンドさせたボールに様々な変化を与えてくる。野球で言うカットあり、スライダーあり、チェンジアップあり……。 「ストライクはベース上じゃないし、もっと広いね。バットの形状も違うから、野球のタイミングで打つと違ってくる。ボールは野球よりも遅く感じる。野球では150、160キロだったけれど、クリケットでは、トッププロでも135キロ程度と聞く。僕が今練習している相手で110キロとかですからね。でも、距離に投球フォーム、ワンバウンドだからこっちのタイミングを取るスタートも遅いので、最初は間に合わずに、戸惑いがあった。しかも、黒田さんのフロントドアみたいにワンバウンドさせたボールを変化させてくるからね。タイミングの取り方が難しいが、楽しいし、やりがいがあるよ」 元広島の黒田博樹氏のツーシームのような変化もあるという。しかも、それを慣れない形状のバットを使ってアッパースイングで打ち返さねばならない。元プロの技術をもってしても、すぐに対応できるものではない。練習を共にしている日本代表のメンバーからは「バットが横から出て、横ぶりになっている。クリケットは縦ぶりだから。そこは野球との違いかもしれない」との指摘もあった。 だが、上原氏は、木村には海外のトッププロとして通用する可能性があるという。 「注目は“目”なんです。僕もオーストラリアでプロと対戦しましたが、クリケットの130キロのボールは見えないんです。まして何十億を稼ぐリーグの選手は135キロを投げます。でも、木村さんは、そういう世界に15年間いました。木村さんなら見えるんじゃないですか? 動体視力です。多少ボールの軌道は違いますが、慣れることはできます。僕らはボールが見えなかったが、木村さんに見えるなら打てます。しかも、本当に飛ばす力があります。すでに、日本代表クラスの選手がコントロールをミスったと言うボールを打たれました」 確かに木村は「ボールは遅い」と言った。 「難しく考えながらも、どれだけシンプルにできるか、だと思う。僕なりにクリケットを考えている」 果てなき向上心を支えているのはプロのプライドだ。 「プロのプライドもある。こうやって合宿で一緒に練習すると、彼らも、そういう目で僕を見る。きらきらした目でね(笑)。下手なプレーはできないよね。“打球が飛ぶな”“守備がうまいね”。そう思われるのは当然。まったく新しい競技だが、野球が最大限に生きる競技。僕の中で野球は消えないから」 消えない? 「消すつもりもない。それがあるから、今がある」 木村は、17日から日本代表入りの選考会に挑むが、それは、あくまでも海外のプロリーグでプレーするための入口に過ぎない。日本代表は東アジア予選を勝ち抜けずワールドカップ出場も果たせないレベルだ。 「インド、オーストラリアのトッププレーヤーとして活躍して成功例にならないといけないと思う。選考会には、オーストラリアからコーチ(キャメロン・トラデル氏)が来るので、その人に見初めてもらい、“こいつは面白い”と思ってもらうこと。そこから引っ張ってもらい、海外で武者修行をするきっかけをつかみたい」 悠長に構えるつもりもない。全速力で海外でのプロ契約まで上り詰めたい。 「早ければ早い方がいい。1、2年で簡単にできるとは思っていないけれど、4年も5年もかけたくない。時間は永遠にあるわけじゃないからね。しっかりと技術を学び、練習をしていけば、急にうまくなることもある。クリケットに野球と同じように向き合って、どうなるのか。自分でも楽しみなんだ」