95歳で認知症の父がついに退院、自宅ではなく施設に入るよう勧める時が来た。父は「俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ」と言った
◆私も入居したくなる施設を見つけた 見学の日、受付で名前を告げて中に入ると、掃除の行き届いたロビーと廊下の広さに驚いた。見とれているうちに、待機してくれていた営業担当相談員が現れ、彼の案内で、応接室に通された。 テーブルには施設の説明書が置かれている。これからこの部屋で2時間かけて概要を説明してくれるという。私は相談員にお願いした。 「設備をご説明いただいた後、共用部分と居室を見学させてもらってから、ケアサービスやほかの詳細を教えていただけますか? 施設を見学するのは初めてなので、目で見ないと実感が持てないものですから」 相談員は快く応じてくれた。 「そうですよね。では、先に見学をしましょう」 相談員と共に廊下に出ると、応接室のすぐ前には浴室があり、銭湯のような暖簾がかかっている。男湯は今、入浴中の方がいるため、女湯を見せてもらうことになった。 「男性用と基本的には同じですが、女性用の方が洗面台の数が多いのですよ。みなさん、上がってからゆっくり髪を整えますから」 私は脱衣所や洗面台だけでなく、浴室も見てみたいと頼んだ。 「どうぞ、どうぞ」 バリアフリーの浴室は、広くてのんびり入れそうだ。父は認知症になってから、どういうわけかお風呂が大好きになった。 家にいた時は、父の高血圧を心配して、入浴前後に私が血圧を測っていた。20分も浴槽に入りっぱなしの時がよくあって、私が浴室のドアの前で「大丈夫?」と何度も声をかけていたのを思い出す。私は相談員に聞いた。 「温泉、色がついていますね」 「モール温泉なんですよ」 モール温泉とは、植物性の有機物を多く含む、北海道には割と多くある温泉のひとつだ。泥炭地をあらわすドイツ語の「モール」から名付けられたらしい。お湯は琥珀色で、入ると肌がすべすべになるから、私はモール温泉が好きだ。思わず相談員に聞いてしまった。 「私も入らせてもらえますか?」 相談員の人は真顔で私に訊ねた。 「森さん、要介護認定を受けていますか?」 「いいえ」 「うちは要介護1以上でなければ入居できませんし、ご家族の入浴はできないことになっています」 バカな質問をしたことに顔を赤らめながら、次の見学場所に向かった。110室ある居室のの人数に対応できる広くて清潔感のある食堂。厨房では多くの調理スタッフがきびきび働いている。食堂の隣にはアトリウムがあり、植物に囲まれながら椅子に座って本を読んでいる方もいた。 車椅子が2台すれ違える廊下を通って、ストレッチャーが収容できる広めのエレベーターに乗ると、居室の内覧をする前に私は大満足だった。 父が入院前まで暮らしていた家の寝室は広かったので、広めの部屋に入居させて、ストレスのないようにしてあげたい。 最後に居室を見せてもらう。広いクロゼット、バリアフリーのトイレ、大きな窓。小さなベランダも付いている。父はきっと気に入ると確信できた。 応接室に戻り、敷金と前家賃などの料金体系と、どのような見守りサービスがあるのかを聞き、デイサービスの見学もさせてもらった。
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