95歳で認知症の父がついに退院、自宅ではなく施設に入るよう勧める時が来た。父は「俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ」と言った
◆俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ 父は板チョコを二口食べただけで、夕食が食べられなくなると困るからもういらないという。私はチョコを口に運びながら、世間話をする口調で言った。 「私の家の近くに、すごく環境の良さそうな老人ホームを見つけたんだけど、一緒に見に行かない?」 案の定、父は顔を曇らせた。 「気が進まないな」 私はその施設の良いところを並べ立てた。 「デイサービスが同じ敷地内に併設されているから、週に2回くらい行けば、きっと気分転換になるよ。お風呂は天然温泉なんだって」 「温泉」と聞いて父の表情が緩んだ。何か聞きたそうだ。 「温泉はいいな…‥でもそういうところは、高いんじゃないか?」 「いや、ネットで見たら、初期費用は敷金と前家賃だけしかかからないって書いてあったよ。頭金が何百万とか必要なところでないのは確かだわ」 父はつぶやいた。 「温泉に入りたいな。おまえがそこを見てきてくれないか。お前が見て実際にいいところだったら、俺も見学に行く」 「そうだね。まずは見てくるね」 しばらく雑談をしてから私は言った。 「病院には、施設のことに詳しいソーシャルワーカーさんがいるから、ほかの情報を聞いて帰るね」 「あぁ、そうしてくれ。おまえがいいと思うところでいい。俺のことを一番よく知っているのは、おまえだ」
◆ソーシャルワーカーに施設選びの相談 今までと違う生活をすることに躊躇しながらも、私に判断を委ねる決意をするまでの父の心情を思いやると、切ない気持ちになった。 人の手を借りないで生きられる能力が失われてしまったことを自覚した、諦念が表情に現れている。 父の病棟から1階に降り、ソーシャルワーカーの男性に、父が老人ホームに入居する方向で検討していいと言ったことを報告した。彼は私に言った。 「お父様がご自身で、生活の見守りが必要だと自覚されたのは立派ですね。私もお父様とお話しして、意思が固まってきたと感じていましたので、参考になりそうな施設のパンフレットを取り寄せておきました」 渡されたパンフレットを見ると、どこも立派な設備やおいしい食事、ケアサービスの充実をうたい文句にしている。じっくり読んでいるうちに、だんだん高齢者施設の多様性と、介護サービスの違いがわかってきた。 私は彼に聞いた。 「実際にこちらの患者さんが退院後に入居された実績がある施設ですか?」 「はい。どこの施設も私が実際に見に行ったこともありますし、入居者さんの評価も聞いています」 一通り目を通してから、私がネットで候補に選んだ施設について、彼の意見を求めた。 「父のところにできる限り顔を出したいし、たまには私の家でも一緒にご飯を食べたいので、私の家から近い施設を探しました。その中でここが一番条件に合うと思うのですが、専門家から見てどうですか?」 「うちの病院を退院してそちらに入所した方が何人かいらっしゃいますが、悪い評価は聞きませんよ」 私は安心材料をもらえてほっとした。ソーシャルワーカーは、私が候補に挙げた老人ホームの営業担当者と繋がりがあるという。彼が担当者に連絡を取って調整をしてくれて、見学に行く日が決まった。
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