「つくるのが好きとはまだ言えない」――ジブリ出身、53歳の新人監督・安藤雅司のアニメーション哲学
ヴァンの声は俳優の堤真一さんが演じた。 「声がいいとか演技が素晴らしいことはもちろんですが、熟年パパさんでもあるんですよね。実は、自分もそうなんです。私も50代を前にして子どもを授かって。正直、自分が父親になんてなれるのかと思っていたんですけど、そばに小さい命が寄り添ったときにおのずと生まれてくる感情というか、感触を味わったので。そういうものを持った存在としてヴァンを見てほしいという気持ちが(キャスティングの裏に)あったかなと思います」
デジタルツールを自ら使いこなす新海誠監督
『鹿の王』の公開は、コロナ禍によって2度、延期された。 「(コロナが)感染拡大に至ったのはアフレコも終わったころだったので、内容には影響しませんでしたが、因縁みたいなものは感じました。作品の中には、病を利用して国の様(さま)を変えてやろうと考える人々も出てくるし、ある民族はかかり、ある民族はかからないという謎も出てきます。病の発生によって、すでに人々のあいだにあった分断がより深まっていくところを見せつけられる。それは、映画と現実に共通するものだと思います。 今ある分断は、感染症の流行が収まったらなくなるというものでもなくて。人種や国の違いだけでなく、価値観の違いや経済的な格差があることがあからさまになった世界で、人はどうやって共に生きていくのか。それを考えるきっかけになったらうれしいとは思っていますね……」
安藤さんは映画『君の名は。』(新海誠監督)の作画監督としても知られているが、今回初めて監督をやってみて、あらためて気づいたことがある。 「自分たちはアニメーターだから、作画でどうするかという発想になるんですけど、新海さんは、撮影や編集、美術に重きを置いた表現にすごく強い。それって、自分ではできないんですよ。結局それぞれの職能を持っている人にお願いするしかない。でも新海さんは、デジタルツールを使って、いち早くそこでやっていた人ですから。それが自分でできるのはすごく大きいんだなというのは痛感しました。この素材のこの部分が弱いから、こうしたほうがいいんじゃないのっていう具体的なアイデアは、試行錯誤の中で生まれてくるので、自分もやれたらって思いました。ただ、自分はアナログ人間なので、勉強したいという気持ちはあるものの、なかなか難しいですね」 アニメーションの技術は日々進化する。それをおもしろがる柔軟性はもちろんあるが、技術が生きるのはしっかりした演出と作画があってこそ。安藤さんの体には、さまざまな監督と仕事をした経験が蓄積されている。 「演出のタイプが違っていても、それぞれにおもしろいと思っていたりするわけで、なぜ惹かれるんだろうと考えることは、好きなのかもしれません。アニメートすることというより、映画自体が好きなんですね。映画を見ることが。つくることが好きって言わなきゃいけないけど(笑)、すごく難しいことを知っているから、つくるのが好きとはまだ言えないなと思います」 --- 長瀬千雅(ながせ・ちか) 1972年、名古屋市生まれ。編集者、ライター。